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「ここのパネルで照明の調節とカーテンの開け閉めができるから。あと、トイレは玄関入って右、風呂は左、キッチンの向こうに一部屋と、こっち側に一部屋な。ベッドは両方にあるから、好きなほうで寝てくれ」
 宮田はカードキーの暗証番号をメモに書いて、テーブルの上に置く。
「いちおう、冷蔵庫の中に色々入れておいた。明日は昼以降しか来れないから、それまでは中にいてくれ」
 直広が何とか頷くと、宮田は肩をすくめる。
「いい加減、その子をソファでもベッドでもいいから寝かせてやれよ」
 宮田は直広から史人を取り上げて、ソファへ寝かせた。
「もし、何か汚しても壊しても、保険に入ってるから大丈夫だ。分かったか?」
 宮田のごつい手が直広の両肩をつかんだ。
「は、はい。分かりました……でも、やっぱり、あの、優さんのところじゃ、ダメですか?」
 誰にも迷惑はかけたくないが、ここに住むなら、優のところで世話になるほうが落ち着く。宮田は大きな溜息をついた。
「だから、セキュリティがしっかりしたところじゃないと意味がない。その子のためだと思え。きっと、起きたら喜ぶぞ。子どもは高いところが好きだろ? 明日、水着も用意してやるから、泳ぐ練習でもさせてやれよ、な?」
 直広が眠っている史人へ視線をやると、宮田は肩から手を離した。
「じゃ、また明日」
 玄関まで宮田を見送り、頭を下げる。オートロックの扉が閉まり、史人と二人だけになった。リビングダイニングへ戻る前に、トイレを確認する。ポケットの中に入れていたハンカチに気づき、反対側のバスルームへ入る。ドラム式洗濯乾燥機を見つけて、中へハンカチを入れた。
 キッチンにある冷蔵庫も冷暖房機もテレビも、すべてが最新型で、まるで電気屋と家具屋のショールームにいるようだった。今日一日で借金が消え、一ヶ月程度とはいえ、こんなぜい沢なマンションに住むように言われた。直広は夢かもしれない、と自分の手の甲をつねってみる。
 痛みに顔をしかめ、眠っている史人を抱えた。二部屋ともにベッドが置いてあったが、直広はキッチンの向こうにある部屋を選んだ。そちらのほうが部屋が狭く、ベッドサイズも小さかったからだ。
 ベッドへ史人を寝かせて、照明を消すためにパネルへ触れた。リビングダイニングの照明と暖房も消さなければ、と立ち上がる。
「パパ……のど、かわいた」
 寝ぼけたままの史人の声が背中に当たる。
「お水、持ってくるね」
 直広はキッチンの冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出した。パネルを操作してすべて消すと、二十三時を回っていたが、中心地の夜景がきれいに見えた。母親や健史にも、この景色を見せたかった。直広はくちびるを噛み締めて、史人の寝ている部屋へ戻る。
 水を飲ませると、史人はまた眠った。直広も一口飲んで、横になる。ベッドはとても寝心地がいい。精神的な疲れや、刑事達に追いかけられ、体力的にもこたえたせいか、直広は横になるとすぐ眠りについた。

 働いていた時はなかなか眠れず、うとうとしていることが多かった。優のところで少し改善されたが、直広は眠ってしばらくすると、はっと目を開いた。頬が涙で濡れている。部屋は真っ暗にはせず、照明をしぼっていた。時計を確認すると、まだ夜中の三時だ。
 デジタル時計から電子音が聞こえるはずもないのに、直広は長く伸びる電子音を聞いた。ぎゅっと胃をつかまれたような感覚に、ベッドから下りて、トイレを目指す。嘔吐した後、涙を拭い、史人の待つ部屋へ戻る。
 もう二度と、あんなことはしなくていい。性器をくわえる必要も低周波装置でもてあそばれることもない。クラブでの行為は過激で、直広の体にはいくつかの傷痕が残った。だが、いちばん深い傷痕は目に見えないところにある。
 直広は史人の手を握った。直広自身、父親という存在を知らないが、いい父親になりたい。六時頃まで史人へ触れ、彼がそばにいることを確認していた直広は、陽が昇り始めてから眠った。
 夢の中では母親と健史が一緒にいた。自分の願いがそのまま夢になったんだ、と直広が自覚すると、すぐに夢から覚めた。
「パパ、おはよう」
 直広の髪で遊んでいた史人が、朝のあいさつをくれる。
「おはよう」
 寝入ってから一時間半ほど経過していた。直広はベッドの上で大きく上半身を伸ばす。
「ここ、おうち?」
「うん。少しの間だけ。高岡さんが用意してくれたんだ。すごく大きいベッドだね」
 史人は頷いて、ベッドの上を転がっていく。
「すごくひろい」
 嬉しそうな史人を見て、直広はほほ笑んだ。


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