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 三十分ほど自己憐憫にひたりながら泣いた直広は、涙と鼻水で濡れたハンカチをたたんだ。頼んでいた弁当は届いており、高岡はデスクのほうで、史人をひざに乗せてごはんを食べさせてくれていた。史人は今、高岡のノートパソコンに映し出されるアニメに夢中だ。
「す、すみま、せん」
 立ち上がって、史人を引き取ろうとすると、史人は、「これ、みたい」と高岡から離れようとしない。
「あや、高岡さんはお仕事中で、そのパソコンが必要なんだよ」
 直広がそう言うと、史人は大人しく両手を上げる。
「すみません」
 直広は史人の脇の下へ手を入れて、彼を引き取ろうとした。高岡が史人のことを抱き、座椅子を半回転させる。
「あまった弁当があるから、もらって来い」
「あ、あの、俺はそんな」
「泣いてすっきりしたら、次は腹を満たせ。ほら、早く取ってこい」
 直広は軽く頭を下げて、扉を開けた。男達はほとんど食べ終えていたが、まだ口を動かしている者もいる。
「あまりなら、そこ」
「すみません」
 直広は教えてくれた男に会釈して、あまっている弁当を一つ手にする。不意に手洗いへ行きたいと思い、トイレの場所を聞いた。用を足して、手を洗いながら、真っ赤に腫れている目の下やまぶたを見つめる。
「ひどい顔」
 独白して、直広は顔も洗った。久しぶりに声を出して泣いた気がする。史人の前で泣くことはできないと思っていた。だが、史人は泣いている直広を見ても動揺しなかった。パーカーの袖で水気を取り、弁当を持って高岡の部屋へ戻る。
 史人は粘土で作られた野菜のキャラクター達が動き回る様子を見て、声を立てて笑っていた。高岡も一緒にディスプレイを見ている。
「すみません」
 もう一度、史人を引き取ろうとした。高岡は弁当へ視線を向け、「ゆっくり食べろ」とだけ言って、また史人と同じようにディスプレイを見つめる。
「あの、でも、お仕事が……」
「休憩中」
 直広はソファへ座り、弁当のふたを開けた。まだ少し温かい。史人に食べさせるのが先だった直広は、久しぶりに一人でゆっくりと食べた。高岡の携帯電話がテーブルの上で震え始める。
「あぁ、分かった」
 相手は宮田だったようで、「部屋の準備だが、あと一時間ほどで終わるらしい」と教えてくれた。
「ありがとうございます」
 高岡は冷酷そうに見え、不穏なことも言っていたが、本当は優しい人なんだと思った。史人に、「あれ、なに?」と聞かれて、「キャベツだ」とこたえている。あまりにも真面目な口調で淡々とこたえるため、直広は笑いそうになった。

 高岡は直広が食事した後も、史人を抱えてアニメの動画を見せていた。二十二時頃に宮田が迎えにくる頃、史人は高岡のひざの上で頭を揺らしていた。
「すみません、ありがとうございます。史人、高岡さんにお礼は?」
 直広は高岡のひざの上から史人を受け取る。眠そうな目で高岡を見つめた史人は、まぶたを擦りながら、「ありがとう」と言った。高岡は何も返事をしなかったが、史人が手を振ると、振り返した。
 ビルの裏にある駐車場には、国産高級車があり、両手がふざがっている直広に代わって、宮田がドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
 直広は後部座席に乗り込み、史人を抱え直す。後部座席のウィンドウはスモークフィルムがはられていた。宮田が助手席に座り、運転手の男に車を出すよう指示する。
「ここからだいたい三十分くらいだ」
 直広はウィンドウから外を見たが、スモークフィルムと夜の暗さで、景色はまったく見えなかった。


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