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「高岡さん」
 呼びかけると、高岡はこちらを見た。
「あの、部屋は自分で探します」
 鈴木のところには行けない。彼女にも世話になってばかりだった。幸い、まだ金は残っており、安いホテルに泊まることはできる。高岡は直広の言葉を聞いていたのに、まるで直広が何も言わなかったかのように、宮田と話を進めた。
「あの女、出してから、暗証番号はすべて変えたんだろ?」
「はい」
「なら、問題ない。彼には藤野と城をつけろ。外はおまえの人選に任せる」
「すみません、あの、本当に、ここまでしてもらうわけには」
 直広がデスクを挟んで、高岡の前に立ち、小さいながらも言葉を発すると、高岡はこちらを見上げた。
「……マル暴は俺達より粘着質だ。もちろん、おまえは何も悪いことをしていないから、堂々としていればいいんだが、真実をねじ曲げて、嘘を事実に変えることは、おまえが考えているより、ずっと簡単だ」
 直広は刑事達の顔を思い出す。彼らは直広に嫌疑をかけていた。確かに、腕の中で消えていく健史の命を救えなかった。すぐに救急車を呼んで、止血していれば、助かったかもしれない。あんなことが起きる前に、話を聞いていれば、健史は死ななかったかもしれない。そういう意味では、おまえが殺したと言われても反論できない。
「楼黎会は潰したが、新崎とつながりのある藤原組が動く可能性もある。状況が落ち着くまで、こちらの指示に従ってもらえないか?」
 依頼する口調だったが、高岡の瞳は有無を言わない光を帯びていた。おそらく断っても、仁和会の監視下に置かれることは間違いない。直広はソファで眠っている史人を振り返る。自分一人なら、どんなに危険な状況でも諦めてしまえる。だが、直広には守りたい存在があった。
「はい、分かりました。お世話になります」
 直広は頭を下げた。高岡が宮田へ指示すると、宮田は扉を開けて、外で待機していた男達へ命令を出した。宮田はそのまま部屋から出ていく。直広はデスクの上の書類へ視線を落とした高岡へ、新崎のことを尋ねようと思った。
「高岡さん」
「八時か……」
 書類にざっと目を通し、高岡はそれらを二つに分け始める。
「夕飯、食べたのか?」
「あ、いえ、まだです」
 高岡はデスクの引き出しから、いくつかのメニュー表を取り出した。店屋物のメニューだ。
「悪い、外の連中に渡して」
 ノートパソコンを立ち上げた高岡は、立ち上がるまでの時間を惜しんで書類を読み始める。直広は言われた通り、メニュー表を外にいる男達へ手渡した。
「あんたは?」
 男達はそれぞれ思い思いのメニューを見始める。受け取った男の一人が、直広は何を食べるのかと聞いてきた。
「え、えっと……」
 あまり空腹ではない。ただ、史人が起きた時のことを考え、直広はハンバーグ弁当を選んだ。扉を開けて中へ戻り、せわしなくキーボードを叩いている高岡へ視線をやる。優が高岡は忙しいと言っていた。今、聞いて、手を止めさせては悪いと思い、史人の隣へ腰を下ろす。
「新崎はもう消した。弟の遺体だが」
 高岡は手を止めずに直広へ言った。
「おそらく海に沈められた」
 喉と目が熱くなっていく。直広は右手で口元を押さえ、嗚咽をこらえた。
「楼黎会の連中が弟に暴行を加えたのは確かだ」
「……っ、う、く……、う」
 うつむき、手で口を押さえて、涙をこらえる。貯金も史人の学資保険も解約して渡したのに、それでも、彼らは健史に暴行して、おそらく致命傷になってしまった腹の傷を作った。直広は涙を流しながら、怒りに震えた。だが、楼黎会の人間に対する怒りより、健史を助けられなかった自分に対する怒りのほうが大きい。
 健史は賭け事にはまっていた。一千万以上の借金になる前に、自分が積極的に彼の力になってやれば、こんなことにはならなかった。賭け事にはまっていく心の隙を作ったのは自分だ。健史の寂しさを見て見ぬふりをして、生活のために、と働いてきた結果だった。


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