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 楼黎会の事務所の地下室から出してくれて、おまけに借金からも解放してくれた、という思いが強いからか、直広は仁和会の人間を怖いとは思わなかった。先ほどの男のように、見た目からこの世界の人間だと分かることもあるが、優の言う通り、皆、いい人だと思う。
 事務所の中は思ったよりも広かった。煙草の煙が上がっているところから、話し声と笑い声が聞こえてくる。優は談笑している男達へあいさつをして、さらに奥の扉へと進んだ。子ども連れが珍しいのか、男達は一瞬、直広と眠っている史人のことを見つめる。直広は軽く頭を下げた。
「ご苦労さん」
 大柄な男が手元の携帯電話をいじりながら、「ちょっと、そのへん座ってて」と声をかけてくる。
「はい。深田さん、そこのソファ、どうぞ」
「ありがとうございます」
 直広は革張りの黒いソファへ腰を下ろした。右手側にデスクがあり、ソファと同じく革張りの黒い椅子が見える。だが、その椅子に座る人物は、まだ戻っていないようだ。窓際に立っていた宮田は、携帯電話をポケットへしまい、向かいの席に座った。
 宮田の頑強な肉体はスーツを着ていても分かった。短い髪を立て、健康そうな小麦色の肌をしている。足を大きく開き、ひざに肘を当て、こちらへ乗り出した彼は、直広のことを一瞥した。
「その子、寝てんのか?」
 直広が頷くと、宮田は優に、「毛布とお茶」、と指示を出した。優が準備して戻ってくると、今度は、「今日は使い走りばっかりで悪かったな。もう帰っていい」と財布から一万円札を彼に渡す。
「あ、優さん、ありがとうございました」
 優はすぐに帰ろうとしたので、直広は慌てて礼を言う。
「あぁ、いいって、いいって。宮田さん、いちおう、彼に俺んちの合鍵、渡してます。あと、彼の荷物もまだあるんで、あ、車ん中の紙袋」
 持ってこようか、と優は直広に聞いたが、宮田がこたえる。
「いい。荷物は明日、取りにいかせる」
 紙袋の中には、山中から返してもらった契約書や通帳、そして、携帯電話が入っている。できれば、手元に置いておきたいが、直広は明日でもいいか、と諦めた。優が帰った後、宮田はローテーブルにあるお茶をすすめてくる。直広は史人をソファへ横にさせ、毛布を被せた。
「ありがとうございます。いただきます」
 熱いお茶を飲むと、少し落ち着いた。直広はほっとしている自分に気づき、いつの間にか肩肘を張っているのだと思った。
「山中さんから聞いてる。二十万はもらってくれればいい」
「でも」
「マル暴に待ち伏せされてたんだって? 何を聞かれた?」
 直広の言葉を聞かず、宮田が尋ねてくる。
「あ、はい、あの、抗争のこと、何か知ってるかって……俺、何も知らないって言いました。それで、その」
「弟のことか?」
「はい、健史は、あいつ……は」
 直広はうつむき、拳を握る。
「新崎に会わせてください。健史の遺体をどこにやったのか、聞かないと」
 宮田が黙考する。扉の外で男達のあいさつが響いた。扉が開き、男が入ってくる。宮田よりも背が高く、山中のようにスーツを着こなしている男は、整った顔だちをしていた。
「お疲れさまです」
 宮田がソファから立ち上がり、頭を下げる。彼が高岡だとすぐに分かった。整った顔だちをしている分、高岡は冷たい雰囲気をまとっているように見える。彼は直広を見て、宮田へ視線を移した。直広は彼の完璧に磨かれた革靴へ視線を落とし、頭を下げる。
 高岡は何も言わず、デスクの向こうにある座椅子へ腰を下ろした。彼はデスクへ肘をつき、溜息を吐く。単純に疲れているだけのようだが、その仕草は妖艶だった。
「で?」
 宮田へ報告を促した高岡は、不意にこちらを見た。
「座って」
 高岡に言われて、直広は自分が立ち上がっていたことに気づいた。


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