ひみつのひ番外編3 | ナノ





ひみつのひ 番外編3

 同級生達がこぞって藤智章を崇拝する中、仁志(ヒトシ)は彼の恋人である菅谷稔のことが好きだった。図書委員会の委員長である稔は、放課後はたいてい図書館にいる。一部の連中は、陰で稔のことを悪く言っているが、仁志は彼の優しい物言いや雰囲気に憧れている。
 誰もが智章の生徒会入りを疑わなかったが、智章は生徒会へは入らなかった。三年に上がってからは、家の仕事の関係で色々と忙しいらしい。噂話でしかないが、彼はアメリカの大学へ進学するようだ。稔が一緒に向こうの大学へ進むのかは分からない。
 仁志はカウンターの中に座り、分厚い本を読んでいる稔の前に立った。彼はしおりを挟み、すぐに視線を上げる。
「返却?」
 眼鏡の奥で優しい瞳が光る。仁志が頷いて、借りていた本を差し出すと、彼は裏表紙についているバーコードをバーコードリーダーで読み取った。
「ありがとう」
 稔はそう言って、また視線を本へ落とした。仁志は周囲を見渡して、誰も自分達に注目していないことを確認する。
「あの」
 声をかけると、稔がこちらを見上げた。
「菅谷先輩」
「はい」
 仁志は噛んでいたくちびるを開く。
「どこの大学に行くんですか?」
 一瞬、稔の瞳に表れた動揺を仁志は見逃さなかった。彼は涙をこらえるようにうつむく。
「……大丈夫。安心していいよ。俺は、藤とは同じ大学へは行けない」
 仁志のことを勘違いしたらしい稔は、押し殺した声でそう言った。仁志は慌てて、少し屈み込む。
「菅谷先輩、違います。俺、菅谷先輩と同じ大学に行きたくて、それで、聞いただけです」
 うつむいていた稔が、レンズの向こうでにじませた瞳をこちらへ向ける。
「俺と?」
 稔は自嘲する。
「俺、あんまり成績よくないんだ」
 そう言って、稔は平均偏差値より少し低い大学名を挙げた。仁志は彼がアメリカに行かないことを知り、浮かれている自分に気づいた。彼はおそらく行きたいのだろう。あからさまな態度で喜べないが、智章に対してはいい気味だとも思った。

 翌日から毎日図書館へ通った。稔は話しかけると、言葉を返してくれる。智章と一緒にアメリカへ行けないことについて、彼は成績以外にも問題があるのだと教えてくれた。
 一つ目は彼の家が留学費用を出せるほど裕福ではないことだ。一年間の語学留学程度なら負担できるかもしれないが、智章が行こうとしているのは名門私立大学だった。
 二つ目は、話しにくそうにしていたが、要約すると、智章の家族から暗に別れるよう圧力をかけられているというものだった。
 仁志には藤グループの長男でいることがどれくらい多忙で責任の伴うものか、想像もつかない。だが、そのことに構ってばかりで、恋人が肩を震わせて泣いていることを知らないなんて許されることではない。
 憧れの先輩と同じ大学へ行きたいという思いと、彼の泣き顔を天秤にかけた。仁志は放課後、すぐに裏門から出ていく智章を追いかける。
「智章先輩!」
 振り返った智章はうるさそうにこちらを見た。学業と両立して家の仕事を手伝うのは大変らしい。少しやつれているようだ。だが、思わず見惚れてしまう美貌と疲労が重なった姿はまったく興味のない仁志さえ一瞬、見入ってしまう。

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