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 相手が出ると、優はドアを開けて、外へ出た。
「パパ、だっこ」
 史人が運転席と助手席の間から、前へと体を伸ばす。三歳にしては小さい体は、ギアに引っかかることなく、直広のひざの上に乗った。幼い頃の健史の面影を残す史人を抱き、直広は背中をなでる。
 もし、警察に捕まるようなことになれば、誰が史人を守るのだろう。直広は史人のやわらかい頬を、親指の腹でなでた。史人は小さく笑う。
「家にあったもの、全部捨てられちゃったんだって。でも、また買うから大丈夫だよ」
 鈴木からもらった史人の誕生日プレゼントも、史人が気に入っていた靴もない。代わりに、新しい靴を買ってやった。物はいくらでも買い直せる。直広はふと、紙袋にあった携帯電話の存在を思い出した。
 写真を思い出に残すような家ではなかったが、史人が生まれてから、直広は携帯電話で写真や動画を撮影していた。中身のデータまで消されている可能性が高いものの、あとで充電してみようと思った。
 電話を終えた優が中へ戻る。
「史人、うしろに戻ってて」
 史人は後部座席に戻り、仰向けに転がった。
「眠いの?」
「うん」
 直広は体をひねり、毛布をかけてやる。
「最近、高岡さん、忙しくて、留守電が多いんだ。とりあえず、宮田さんと連絡ついたから、事務所に行く」
 優は路肩から一般道へ入った。
「宮田さんはあの夜、楼黎会の事務所にいた人ですか?」
 宮田の名前はよく聞く。優の上の人間なのだろうか。
「宮田さんはあの日は、最初、事務所にいたけど、新崎はクラブにいるって情報があって、すぐにクラブへ行ったんだ」
 優は前を見ながら、説明してくれた。
「ちなみに、今日、会った山中さんは共永会の若頭で、宮田さんは仁和会の若頭。高岡さんは仁和会の頭」
 組織の構成は分からないものの、高岡という人物がいちばん上の人間で、その次に宮田という人物がいることは分かった。そして、山中は別の組織の二番目ということだ。さらに、それぞれの組織の上に市村組がある。
 直広が難しい顔をして考えていると、優は笑い始めた。
「そんな顔しなくても大丈夫だって。皆、見た目よりは優しいし、市村組系は……グレーゾーンはあるけど、楼黎会みたいなあこぎなやり方はしてない」
 昼に会った山中も、法律を守って仕事をしていると言っていた。
「あそこの角、曲がったところだから。でも、俺の車はパーキングに入れないと」
 日が暮れるまでが早くなった。直広は史人を抱えて、優が駐車するのを待つ。
「深田さん、もう少し厚手の服、買いな。パーカー、一枚じゃ寒いだろ」
 車から降りて待っていた直広に、優は苦笑した。
「こっち」
 駅前から徒歩で十分ほどの繁華街には、多くの雑居ビルが建ち並ぶ。直広は優について行った。パーキングからそう遠くない、五階建てのビルのほうへ歩く。そのビルの前には誰もいなかったが、近づくと反対側から、「小野原」と優を呼ぶ声があった。
「お疲れさまです」
 優は軽く頭を下げて、自動ドアの前に立つ。
「二年くらい前に移転して、自動ドアのビルに入ったんだ。急いでる時に限って、センサーの反応が鈍くてさ、笑えるだろ?」
 優は階段ではなく、一基しかないエレベーターのボタンを押した。二階で降りると、扉の前には男達が立っていた。
「お疲れさまです」
「おう、優か。高岡さんなら、まだ戻ってないぞ」
 優は頷き、「宮田さんに用があって、さっき電話しました」と告げる。
「そっちは?」
 男は直広を顎で指す。
「楼黎会の」
「あぁ、分かった」
 優の言葉を遮り、男が扉を開けてくれる。直広は会釈して、中へと入った。


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