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 本当に帳消しになるとは、夢にも思わなかった。抗争はあまりいいものではないが、直広にとっては仁和会が自分達を救ってくれたも同然だった。その仁和会に所属する優も医者を呼んだり、部屋を貸してくれたり、と面倒を見てくれた。
 絶望の中にもちゃんと希望はある。直広はお茶を飲みながら痛切に感じた。母親が亡くなった時には、健史が、そして、今は史人が、直広の糧になっている。自分はまだ頑張れると思った。
「優さんから、二十万円を渡されたんですが、彼は仁和会のお金だと言ってました。このお金は時間がかかってもお返ししようと思ってます。どなたに連絡をすればいいですか?」
 直広の言葉に山中は瞬きを繰り返した後、メガネのブリッジを押し上げた。
「それは迷惑料兼口止め料のようなものなので、返す必要はないです」
「でも、優さんにとてもお世話になったし、お医者さんも呼んで、薬まで出してもらったのに、俺は全然払ってません。このお金はちゃんと返したいです」
 山中はしばらくの間、考えている様子だったが、「伝えておきます」とだけ言われた。
 直広はクリアファイルとメモを手に、もう一度、深く頭を下げた。
「それから、これは楼黎会の事務所にあったものです。お返しします」
 紙袋の中には通帳、キャッシュカードと史人のために積み立てた保険の解約書類が入っている。ほかにも家にあるはずの保険証や直広の財布、そして、携帯電話があった。
 
 フロントまで戻る際に、「部屋に困っているなら、とりあえず小野原に相談してみてください」と山中が言った。当然かもしれないが、直広のことは調べているのだろう。できることなら、長屋に戻りたい。
 まずは大家へ連絡を取り、直広達が住んでいた部屋が空いているかどうか、確認しなければならない。もし、何らかの事情で借りられない場合は、山中の言うように、優へ相談するしかないように思えた。
 直広はフロントに行き着くまでに、一度、立ち止まった。自分のことを調べているのであれば、健史のことも知っているかもしれない。新崎が健史の遺体をどうしたのか、山中は知っているだろうか。
「どうしました?」
 直広は慌てて首を横に振る。もし、尋ねるのであれば、優のほうがいい気がした。
「小野原」
 山中が優の名前を呼ぶと、田畑とともに史人と遊んでいた優が、すぐにこちらへ来る。
「あ、じゃあ、俺、送ってきます」
 優は山中へ会釈した。山中の見送りを受け、エレベーターへ乗り込むと、優が、「チャラになった?」と笑みを浮かべて聞いてくる。直広も笑みを返した。
「優さんも、本当にありがとうございます」
「だから、そんな丁寧なことしなくていいって」
「ゆう、ありがと」
 直広をまねて、史人も頭を下げる。優は史人の体を抱えた。
「それで、どこか行くあてはあんの? 車で行ける範囲なら、今から行くし、ないなら、当分の間、俺の部屋、いてもいいし……」
「それは……」
 抱えられて喜んでいる史人へ視線を移す。許されるなら、優の部屋にいたかった。だが、直広は甘い考えを断ち切るように、「前に住んでた部屋が」と口を動かす。彼は健史ではない。一緒に過ごす時間が増えるほど、史人にも辛い思いをさせるだろう。
「うーん、微妙だな」
 以前住んでいた長屋の住所を聞き、優はさっそく車を走らせてくれた。運転をしながら、彼は険しい表情を見せる。
「楼黎会の奴らが来て、そのまま事務所に連れてかれたんだろ? 大家、脅して、家具とか全部処分してる可能性が高いな」
 直広は深く頷く。部屋が空いていても、やくざと関わった直広に、もう一度、貸してくれるかどうかも分からない。
「まぁ、もしうまくいかなかったら、俺のとこか、宮田さんに相談するから、心配いらないって」
 直広の不安を消すように、優は明るい声で言った。


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