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 体調は日に日に回復していった。直広は優の話を聞いた翌日には、史人を連れて買い物へ出た。監視役がつくと言われていたが、その影に気づくことはなかった。
 直広自身、警察へ行こうとは思っていない。回復するにつれ、正常な思考を取り戻した。警察へ行っても何も解決しない。健史の遺体はおそらく楼黎会の人間が持ち去っただろうし、借金のことも契約書がない限り、どうしようもない。体に残る傷痕を見せても、被害届を出しても、結局、何もならない。
 優は仁和会の人間だが、組織のことを感じさせない。物腰もやわらかく、史人にも穏やかに接してくれる。部屋へ置いてくれる礼も兼ねて、直広は体調が戻ってから、毎日三食、食事を用意していた。彼はとても喜んでくれる。
 朝と夜、三人でテーブルを囲む時、直広は優を健史と間違えそうになる。借金のことを早く解決して自立しなければ、と思うのに、このままずっと優の部屋にいたいという気持ちもあった。
「ゆうは、おーじさま?」
 優と一緒に風呂から上がった史人は、絵本を手にして、優へ話しかけていた。彼は笑いながら、否定する。
「いや、俺は王子じゃないな。どっちかと言うと、付き人タイプ」
「つきびと?」
「これこれ」
 絵本を開き、優は史人へ王子に付き添う従者の絵を見せる。
「そうなんだ」
 史人は絵本を手にして、こちらへ駆けてくる。ぶつかるように、足へ飛びつき、「パパ、よんでー」と顔を上げた。直広は洗い物をする手を止めず、「もうちょっと待ってね」と返事をする。
 最後の皿を洗い終わり、直広は史人を連れて、奥の部屋へ入った。絵本を読み終わる頃には、史人の寝息が聞こえる。直広は布団をかけてやり、その髪をなでた。
「いちおう明日の午後からKファイナンスの山中さんと話せるから」
 扉を閉めて、リビングへ出ると、テレビを見ていた優がこちらを振り返る。
「俺、一回こっち戻って、深田さんのこと連れてくるよう言われてるから、一時にはここにいて」
「分かりました。史人も連れていって大丈夫ですか?」
「あぁ、うん、大丈夫。受付あったし、田畑さんっていう女の人が面倒見ててくれると思う」
 直広は絨毯の上に正座して、改めて、優へ頭を下げた。
「明日どうなるか分かりませんが、優さんには本当に感謝しています」
 優が慌てた様子で肩をつかむ。
「ちょ、ちょっと大げさだって。ここは前から色んな奴らが泊まるし、金も俺のじゃなくて、仁和会から出てるから。こっちこそ、三食作ってもらえて嬉しかった。ありがとう」
 優と健史が重なる。直広は涙をこらえた。

 史人に購入したばかりの靴を履かせて、直広は手をつないで外へ出た。優の車へ乗り込み、三十分ほどで目的地へ到着する。Kファイナンスの入っているビルは、駅前の三十階建て高層ビルだった。
 まるで高級ホテルのようなエントランスへ入ると、史人が声を上げた。
「きらきら」
 照明器具を指差す史人に、直広も頷く。六基あるエレベーターホールでエレベーターが下りてくるのを待つ間、直広はフロアガイドを見た。Kファイナンスの下の階に、優が働いている会社の名前がある。
「優さん、ここってもしかして、共永会のビルなんですか?」
 優が頷いた。三十階にはKファイナンスしかない。扉は向こう側が見渡せた。右手側におそらく優の話していた田畑という女性が見える。彼女はこちらに気づくとほほ笑んだ。
「お疲れさまです。山中さん、いますか?」
「はい。少々お待ちくださいませ」
 田畑が内線で連絡し、しばらくして、出入り口と同じく透明な扉が開く。
「お待たせいたしました」
 メガネをかけた男性が、丁寧なあいさつをする。
「山中と申します」
 山中は名刺を取り出し、直広へ差し出した。直広は会釈をして受け取る。
「史人君は田畑へあずけてください」
 直広は史人の前にひざをつく。
「あや、パパは大事な話があるから、そこにいるお姉さんと遊んでてくれる?」
「うん」
「いい子だね」
 史人の頭をなでて、直広は田畑へも頭を下げた。


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