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 翌日、直広は史人に起こされた。カーテンが開いており、赤い空が見える。
「もう夕方……」
 まだ熱でぼんやりしているものの、汗をかき、十分な睡眠と栄養を得た直広は、昨日よりも少しすっきりした気分だった。
「パパ、みてー」
 上半身を起こした直広の足元で、史人がお菓子の詰め合わせを袋から取り出した。
「ゆうが、くれた」
「優さんが? リビングかな……」
 直広は布団から出て、開いている扉からリビングへ出た。彼はキッチンで、買い物袋の中身を冷蔵庫へしまっている。
「あ、起きた? 調子どう?」
 レトルトパックになっているおかゆを五食分ほど、調理台の上へ並べて、優はキッチンからリビングへ移動してきた。彼は仕事着を着ており、胸元に社名が縫いつけられている。
「早上がりにしたもらったから、昼には一回、戻ってきたんだ」
 優は社名を見つめた直広に気づき、説明してくれる。
「朝メシ食べて、いい子にしてたら、おみやげって約束」
 直広の足元に立っている史人に、「一気に食べんなよ」と、優は笑いながら注意した。
「よかったら、風呂、使って。そこの袋に新しい服と下着、入ってる」
 毛布をつかんでいた直広は、さすがに風呂まで使わせてもらうわけにはいかない、と考える。優はその一瞬の考えを読んだのか、風呂をわかし始めた。
「遠慮しないで。深田さん、どうせ十日くらいはここにいることになるからさ」
「十日……?」
「まだ、熱は引いてないだろうけど、汗、流してこいよ。史人君は、あとで俺が一緒に入る」
 話を聞きたいが、まずは落ち着いてからだ、と優の瞳が語る。直広は言葉に甘えて、風呂へ入ることにした。汗をかいているだけではなく、あの客とのプレイから水浴びすらしていないことを思い出した。
 優が史人のために教育番組をかけた。直広は懐かしい歌を耳に入れながら、風呂場に続く洗面所で毛布と借りていたパーカーを脱ぎ捨てる。風呂のふたを開けると、湯気が風呂場内を満たした。今まで銭湯通いだった直広は、地下にあったシャワーだけでは、疲れが取れなかった。
 深い傷はほとんどなく、しみても一瞬のため、直広は体と頭を入念に洗った。湯船につかり、目を閉じる。優は健史に似ていると思ったが、もし、健史が真面目に働いていたら、こんな感じなのだろうかと想像した。
 病気になったら、おかゆを用意して、史人の面倒をみてくれる。健史だって機嫌のいい時は史人と遊んでいた。きっと、いつか、そう思って、直広は自分が泣いていることに気づいた。
「……そっか」
 きっともいつかも、ない。健史は直広の前で息を引き取った。緩みそうになった気を引き締める。今はまだだめだと言い聞かせた。優から説明を聞き、今後の自分達の身の振り方が分かるまでは、嘆き悲しんでいる場合ではない。

 直広は新しい下着と服を着て、優に礼を述べた。奥の部屋で塗り薬と風邪薬を手にして、もう一度、洗面所へ戻る。塗り薬はそのまま、洗面所に隠した。
「おかゆ、温めてあるんで、どうぞ」
 壁にかかっている時計は、十八時を過ぎた頃だった。優は彼と史人用の食事もテーブルへ並べる。彼は牛丼で、史人は三食そぼろ丼だ。
「いただきます」
 直広をまねて、史人も手を合わせる。史人は小さなプラスチックスプーンを握り、ゆっくりと食べ始めた。
「で、さっそくだけど、警察かって聞いたんだって?」
 大盛りの牛丼を豪快に食べながら、優は笑った。


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