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 直広が起きたのは明け方だった。二十四時までに客を取れなければ、朝まで稼げる確率が減る。眠ってしまったことを後悔しながらも、直広は久しぶりに取った睡眠に満たされていた。ただ、史人が寒い地下に毛布一枚だけで寝ているのに、自分だけベッドで寝たことは許されないと思った。
 六時頃に迎えの男が来る。時計はないが、靴音で分かった。今日は二倍の利息になる。電気責めが嫌で、客を取らなかった。その結果、借金がかさむ。自分の不甲斐なさを恥じると同時に、理不尽さにも涙した。
 着てきた服を頭から被る。入ってきた男は何も言わず、来た時と同じ車に乗って、事務所へ戻った。
 地下へ行こうとすると、男が服をつかみ、上へ行けと指示する。あの客のことだろうか。直広は不安に思いながら、二階へ上がった。男がノックをして、新崎の声を聞いてから、中へ入る。
 新崎は不機嫌そうだった。直広は長い袖で隠れている拳をそっと握る。
「返済とは別に稼ぎたいって?」
 男に話していたことだ。直広は連れてきてくれた男を見て、新崎に返事をする。
「はい、あの、史人のために、必要なものを買いたいので、ここで何かできる……掃除とか」
 途中だったが、新崎が遮った。
「掃除? 馬鹿か、おまえ。掃除は清掃業者がしてくれる。おまえはその体で稼ぐんだろうが。金が欲しけりゃ、こいつらの相手してやれよ。しゃぶれば、千円くらいは恵んでもらえるだろ、なぁ?」
 男達は下卑た笑みを浮かべた。
「隣か上でやれ」
 新崎はそれだけ言って、側近の男達を連れて出て行く。男が直広の腕をつかんだ。
「来いよ。五人いるから、五千円は稼げるぞ」
 隣の部屋へ連れて行かれ、服を脱ぐように言われた。ためらうと、服が汚れてもいいのか、と聞かれる。直広は今、着ている服と、もう一枚しか持っていない。上だけ脱いで、すでに前を寛げている男の前にひざまずいた。
 みじめでやりきれない。千円のために、口で性器をくわえて、相手を喜ばせる。絶望してしまうのは、今しようとしていることが、立ちっぱなしだった喫茶店の時給より、百五十円も高いことだった。
 百五十円あれば、史人の好きなペットボトルのジュースが買える。五千円稼いだら、彼の下着や服、絵本、お菓子も買える。監視がつくだろうが、二人で外へ出られる。
 史人のためなら、何でもできる。直広は涙を流しながら、男達のペニスをくわえ、精液を飲み干した。床に落ちている千円札を拾い、手の中で握り締める。出て行った新崎が、扉から顔をのぞかせた。
「自分の身分が分かったら、二度と客を選ぶな。おまえにあるのは借金を返済する義務だけで、権利なんかない」
 直広はその場で声を殺して泣いた。史人を大学へ行かせるだけの経済力はもうない。だが、史人には自分が味わうことのできなかった青春を謳歌して欲しい。必ず幸せになって欲しい。
 手の中の千円札を見つめる。自分を貶めて得た金でもいい。この金があれば、史人を幸せにするものが買える。直広は立ち上がった。

 楼黎会の男が二人もついて来たが、買い物は十分に満足できるものだった。直広は三日前に購入した歯ブラシで、史人に歯みがきを教え、新しい服を着せ、お菓子を食べさせた。
 この三日間、電気責めを好む客は姿を現していない。次に来たら、断ることはできない。前回のことも含めて責められそうで、直広はモニターに映る客を見るのが億劫になっていた。
 短く浅い呼吸をしながら、直広はひざの上に座る史人に絵本を読み聞かせる。だんだんと朝と夜が冷え込み、直広の体はすっかり弱っていた。だが、休むわけにはいかない。それに、風邪を移すかもしれないから、夜の間だけでも史人から離れていたほうがいいと思った。
 史人が選んだ絵本は、よくあるおとぎ話だった。悪い連中につかまったお姫様を、勇敢な王子が助ける。おもちゃもいくつか購入したが、史人は毎日必ず、この絵本を読んで、とせがむ。
「おうじ、いつ、くるの?」
「え?」
 直広が、「めでたし、めでたし」と締めくくった後、振り向いた史人が尋ねた。
「こないの?」
 何とこたえていいのか、考えていると、史人は、「あーがおうじ」と言った。
「パパ、たすける」
 ほほ笑んだつもりだった。視界がにじんでいく。熱のせいだと言い聞かせて、そっと史人を抱き締めた。


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