ひみつのひ4 | ナノ





ひみつのひ4

 翌朝、稔は目を覚ますと、目覚まし時計へ手を伸ばした。悠紀は携帯電話のアラームで起きられると言うが、稔は朝が弱く、目覚まし時計なしでは起きられない。いつもはけたたましい音で飛び起きるのに、今日は鳴る前に起きられた、と稔は寝ぼけたまま思った。目覚まし時計の上部にあるスイッチを押下する。だが、スイッチはすでに沈んでいた。
「あれ?」
 稔は目を擦り、目覚まし時計を見る。
「あ」
 完全に遅刻だ。八時を過ぎた時間を何度も瞬きして確認する。眼鏡を机から取り、稔はトイレの横にある洗面台へ向かった。体を洗面台に近づけた時、腹に痛みを感じ、思わず手で押さえる。智章に殴られた場所が青くなっていた。
 
 目立たないように一時間目と二時間目の休み時間に教室へと入った稔は、とりあえず悠紀にメールを打った。今日の一時間目は英語だ。隣の席の生徒にノートを貸してほしいと頼むと、いつもは貸してくれるのに断られる。おかしい。稔は別のクラスメートに頼んだ。
「菅谷、智章に何したんだ?」
 二人目にも断られて、首を傾げていると、学級委員がうしろから声をかけてくる。
「藤に? 何もしてないけど?」
 学級委員は興味があって聞いたくせに、「ふーん」と気のない返事をした。
「あ、あのさ、ノート……」
「やだね。智章、怒らせっと怖いから」
 チャイムが鳴りはじめる。稔は腹を押さえた。そんなわけない、と現状を理解しようとする。ノートを貸してもらえないくらい何でもない。ちょっと教師のところへ行って範囲を聞けばいいだけだ。ノートを貸してくれないのは、いじめのうちに入らない。そんなことが起こる理由がない。

 二時間目はずっとそんなふうに言い聞かせた。途中、悠紀からの返信が来て、稔はそれをそっと操作して読んだ。昼休みは一緒に食べられる。大丈夫。日常は何も変化していない。
 三時間目と四時間目、稔の心は少し穏やかになった。中等部一年の時、智章がいじめていたという生徒は、いじめが原因ではなく、親の都合で学園を去った。稔はその頃のことを思い出そうと記憶をたどる。知りうるかぎり、この学園でいじめなんて聞いたことがない。殴られた腹を押さえながら、これもいじめではないと思った。これはただの警告だ。

 警告、という言葉で、稔は昼休みのチャイムを聞いた瞬間、慌てて教室を飛びだした。秀崇が外出届けを出す前に、映画の件は断らなくてはならない。
「すがっち?」
 一緒に昼を食べる予定の悠紀が、廊下を駆ける稔を呼びとめる。
「悪い! 先に食堂、行って」
 秀崇のクラスまで来て、稔は極力、目立たないように中をのぞいた。いちばん合わせてはいけない視線を智章に結んでしまう。
 あぁ、こっちに来る。
 視線をそらすことができずに稔は馬鹿みたいに智章を見つめた。震える手が腹をかばっている。怖いと思うのに、彼から視線を外せない。

 智章は秀崇よりも少し身長が低いが、平均よりはずっとある。ピンクや黄色の奇抜なシャツを制服の下に着こなして、髪は染めていないのに、光が当たるときれいなブラウンになる。時々、長い前髪を一つに結んだり、ヘアピンでとめたりしていた。そうすると怜悧な目がよけいに強調されて、見る者を圧倒した。秀崇とは違う魅力を持っているからこそ、彼の隣にふさわしいと言われている。

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