twilight6 | ナノ





twilight6

 港町レイズの南三十キロ地点の森の中に、第一、第二小隊は野営地を作っていた。イトナミ大佐とキリタ大佐へあいさつを済ませたチトセは、第三小隊全体にテントを張る場所を指示していく。タカサトにはカトウを第一小隊の救護テントへ運ぶよう伝えた。
 大佐のテントは他の簡易テントと比べると、頑丈な作りになっている。指示出しをした後、チトセは二人の兵が立っているイトナミ大佐のテントを再度訪れた。先ほどあいさつのために訪れた時、彼らの無線は使える状態であることを確認している。本部との連絡を取ることは可能だと分かり、チトセは安堵していた。
「ご苦労だったな」
 第三小隊の無線機は壊れていた。イトナミ大佐はよくここまでたどり着いたと言葉をかけてくれた。斥候の働きがよかったからだ、と返したチトセは、隊内で向けられる見下した視線がないことに心を緩めた。
「輸送艦はやはり難しいですか?」
 イトナミ大佐は大きな体を揺らし、無線機のそばへ寄った。チトセの父親よりも一回りほど若い年齢だと聞いているが、実際には少し老けて見える。
「援軍はない。我々は残念ながら、負け戦をしている」
 今後のことを尋ねようとした時、第一小隊の下士官がイトナミ大佐を呼んだ。
「食事の後、もう一度来い」
 チトセは返事をして、テントを出る。第三小隊へ与えられた場所へテントが並び出した。食事は第二小隊が作ってくれるが、話によると、どの軍も物資が減ってきており、援軍なしでは本当に投降するしかないと思われた。
「アラタニ少尉、カトウの帰還はどうなりましたか?」
 タカサトの声にうんざりしながら、チトセは彼を振り返る。
「とりあえず救護テントで様子見だろう?」
 様子見で納得していたと思い、彼を訝るように見ると、彼は少し狼狽していた。
「食料だけじゃなく、救護に必要な物資も足りなくなってきてるんです。本部へ至急、輸送艦だけでも送るように頼んでください」
 チトセはあいまいに頷いた。
「タカサト、どうした?」
 たくましい上腕を露出させたルカが、肩にかけていた小銃を下ろす。
「カトウのこと、話してただけ」
 タカサトはそう言って、救護テントのほうへ向かって歩き出した。すぐに去ると思っていたルカはその場に留まり、草がない地面を靴底で擦った。これまでの経験上、彼に話しかけないほうがいいと判断したチトセは、無言で自分のテントへ戻ろうとした。
「援軍は来ないか」
 独白したルカの言葉を聞き、チトセは彼を見上げる。下士官から聞いたのだと思った。彼へ話したのはうかつだった。タカサトまでは伝わっていないようだが、他の兵も知っている可能性が高い。
 もっとも、第一、第二小隊と合流した時点で、兵達の間で何らかの情報交換はあるだろう。大佐達は援軍到着が難航していると伝えていた。
「本部とは連絡が取れる状態だ。輸送艦到着は難航しているが、事態は想像するほど悲惨ではない」
 安心させようとして放った言葉に、ルカはようやくこちらを見つめた。そして、冷笑を浮かべ、「悲惨?」と口にする。
「あなたのような恵まれた方に、その言葉の意味が分かるとは思えません」
 踵を返したルカは、テントではなく監視役のいる方向へ向かっていく。分かり合えたら、と考えることはある。父親には対等な友人関係を築くな、と言われた。社交界で寄ってくるのは、アラタニ家の権力を欲する者達ばかりだった。
 母親だったら、どんな言葉をかけてくれるだろう。チトセは無意識に首筋のチェーンへ触れる。出産時に危ない状態になった母親は力尽きてしまったが、チトセの命も消えかかっていたらしい。長く生きられるように、と母親が口にした名が、「チトセ」だった。
 チトセはいつも母親代わりの乳母から、母親の話を聞いていた。水が怖くて泳げないことが判明したのは、三歳の時だ。水泳教室では落ちこぼれグループに入れられ、顔を水面につける練習を何度もさせられた。
 今は五メートルほどなら泳げる。息継ぎをしない状態で、ただ必死に手足をばたつかせる方法だ。どうして水が怖いのかは分からない。水泳教室へ通い続けたのは、水よりも父親が怖かったからだ。


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