on your mark番外編38 | ナノ





on your mark番外編38

「パパ、知ってたの?」
 知らないはずがないと思った。敦士が直広に隠し事をするわけがない。直広は頷く。
「やっぱり。教えてくれてもよかったのに」
 つい口を尖らせると、直広は苦笑する。
「こういうことは本人同士の話だからね。それに、あの時まだ小学校二年生のあやに言っても、分からなかったと思うよ」
「え?」
 直広は扉からリビングダイニングのほうへ顔を出して、周囲を見回した。敦士がまだバスルームにいることを確認してから、こちらへ視線を向ける。
「あーくんはね、小学校に入学した夜、俺達のところへ来て、将来、あやと結婚するって宣言してた」
 思い出したのか、直広は笑った。
「遼も俺も、本気にしてなかったけど、高学年の頃に、男同士は結婚できないのかって、泣いてね。結婚できなくても、俺達みたいに、ずっと一緒にいることはできるかって、相談された」
 敦士は心の乱れを態度に出さないが、性的欲求の処理には苦労していた。遼は敦士が史人を襲うのでないかと案じて、史人が嫌がることはしない、と約束させていたらしい。
 今まで、敦士が遅くまでどこかへ出かけても、自分の時ほど詳細を聞こうとしないと思っていた。あれは敦士が先に、どこで誰と何をしているのか話しているのだと信じていた。実際には史人へ向けられない欲望を、別のところで発散しており、何も聞かないのは暗黙の了解だったらしい。
 のけ者にされた、という思いはあったが、そんなに長い間、敦士から思われていたと考えると、他のことはどうでもよかった。直広は、「二人が幸せなら、それでいい」と言い、キッチンのほうへ戻っていく。

 史人は勉強机から離れ、ベッドへ座った。自分をふった後、敦士へ寄っていった元彼女達や、一度だけでいいと言って敦士に抱かれていた人達のことを考えた。今までだって何度も考えてきた。
 自分よりも敦士を選ぶ理由は明白で、一度でいいから、と自分自身を使い捨てにしてまで、彼に抱かれたいという気持ちも理解できた。
 敦士は魅力的だ。大人びていて、寡黙で、彼のほうから笑いかけることはない。冷淡に見えるのに、困っている時は黙って手を貸してくれる。皆、いつの間にか彼を頼りする。
 その敦士から、史人は話しかけられ、笑いかけられ、守られてきた。その優越感は凄まじいものだ。家族だからという理由だけではなかった。敦士は史人が彼を思うのと同じ気持ちでいてくれる。
 彼らを羨ましいと思っていた気持ちはもうない。今の関係になった途端、消えたのだから、現金なものだ。
「俺って嫌な奴かも」
 ぜい沢な環境で甘やかされて育った恵まれている存在、というのが、皆が史人に対して抱く印象だった。勉強机の上にある色とりどりの付箋が、折り紙に見える。視界がにじんだ瞬間、敦士がバスルームから戻ってきた。
「あや?」
 敦士が隣に座ると、いい香りがした。史人は敦士の手を握り、小さくほほ笑む。
「今は好きなだけ折り紙が買える。でも、もう、たくさんいらない。欲しい色が一枚あれば、それでいい」
 敦士さえ理解してくれるなら、誰かに勘違いされても平気だ。
「俺だけを必要としてるってことか? 意味深だな」
 一からすべてを説明しなくても、敦士はちゃんと受け取ってくれる。軽くくちびるへキスすると、敦士がベッドへ押し倒してきた。史人は舌を絡ませて、応戦する。
「あーくん」
 敦士の頬を両手で挟み、「大好きだ」と伝えた。彼は笑みを浮かべ、「俺も」とこたえた後、横になり、うしろから抱き締めてくる。遼パパが帰ったら、報告しようか、と耳元でささやいた声に返事をしたつもりだった。
 史人は敦士の温もりを感じながら眠っていた。頬をなでられる感触の後、「俺もおまえだけだ」とささやく声が聞こえる。あーくん、と呼ぶと、「おやすみ」と優しいキスを受けた。

番外編37 番外編39(敦士視点)

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