twilight1/i | ナノ


twilight1/i

 敵国であるヴェスタライヒの東、ウール海の海岸沿いから北へ三十キロの場所に、帝国軍第三小隊の野営地がある。二つの分隊にはそれぞれ三十名ずつの兵がいた。先に敵地の土を踏んだ第一、第二小隊はさらに北へ進んでいるはずだ。
 テントの中で地図へ視線を落としていたチトセ・アラタニは、地図の上ににじんだ汗を見て、台の上へ無造作に置いてあった布で汗を拭う。
「アラタニ少尉」
 下士官の男が外から声をかける。チトセは、「何だ?」と返事をした。
「タカサトがまた怪我をしました」
 この小隊で唯一の衛生兵であるタカサトの怪我に、チトセは額を押さえた。戦況は芳しくなく、続く第四小隊以降は上陸できない状態になっている。最小限のテント数と森の中へ隠れての移動を繰り返しながら、応援を待ち、先にいる小隊と合流する予定だが、緩まない緊張状態に隊の中は揺れていた。
 テントを出て、茂っている草をかき分け、タカサトのテントへ向かう。寝床は四人で一つにしていたが、タカサトだけは一つのテントを与えていた。衛生兵である彼のテントには道具も多く、現在も衰弱している兵が二人と、怪我をした兵が一人、彼のテントで休んでいるはずだった。
「アラタニ少尉!」
 おそらく彼に怪我を負わせた兵達が、タカサトのテント前でチトセを呼びとめた。
「あいつから誘ったんです」
 分かってください、と続く言葉に溜息を吐き、彼らを蔑視した。
「俺に分かれと言うなら、君達も今の状況を理解しろ」
 テントの出入口を開き、中へ入る。ヴェスタライヒは帝国と同じく四季のある国だが、夏の盛りである現在は、不快なほどに湿度が高く、ただ立っているだけで汗が流れた。
「タカサト」
 テントの中にはタカサトしかおらず、彼は自分の手で血を拭っていた。大きな瞳は涙でにじみ、痛々しく腫れ上がったまぶたとくちびるの端に、チトセはくちびるを結ぶ。
「あいつら……」
 タカサトの下半身を見れば、何をされたのかは一目瞭然だった。彼はこの小隊の中でもっとも小柄で、幼い顔だちをしている。チトセは帝国学校の軍事教育部で学び、実戦は四年ほど経験していた。こうしたことが起こりうることは理解していた。
 だが、納得しているわけではなく、まして自分の束ねる小隊で起きるのは屈辱的だった。
「初めてではありません。心配無用です」
 タカサトは涙を流しながら、気丈な言葉を吐き、己の指で中を洗い始める。下士官からの報告としては二回目だが、その倍はあったと容易に想像できた。
「タカサト」
「はい」
「今夜からは俺のテントへ移動しろ」
 チトセは返事を待たず、テントを出た。日影で休んでいる兵達を一瞥し、周囲の監視を続けている兵を確認するため、時計回りに歩く。
 第三小隊は能力の高い兵が集まっているが、まだ二十四歳のチトセを受け入れていない者も多い。チトセの実家は高貴な血筋であり、アラタニ家は代々、第一艦隊司令長官を務めた。海上戦では過去に勝利をおさめた実績のある祖父や父親と異なり、チトセは帝国学校時代、専攻を決定づける試験で海軍から外された。
 チトセは指先に絡む草を引きちぎりながら、十二時の方角へ進んでいく。実力の伴わない、お飾りの少尉と呼ばれても仕方なかった。チトセの年齢でこの地位に就くのは異例の早さだからだ。
 タカサトへ乱暴した兵達へ、注意しなければならない。威圧的な態度で接しても、彼らが自分を見下しているのは知っている。だから、こうしたことが何度も起きるのだろう。弱音を吐ける相手などいない。チトセは草をちぎりながら前へ進んだ。



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