on your mark番外編20/i | ナノ


on your mark番外編20/i

 神経生物学の授業が終わり、史人は帰りが同じ方向の友達と話しながら歩いていた。ノートを貸して欲しいと言われ、鞄の中から探していると、携帯電話が鳴り始める。
「深田、おまえの鳴ってる」
「うん」
 史人は右手でノートを差し出し、左手で携帯電話を取った。
「実習のノート? 出席必須なのに?」
 ノートを借りたいと言った友達は苦笑しながら受け取り、質問をした友達へこたえる。史人は電話の向こうの相手へ話しかけた。
「深田のノート、見やすいからコピーさせてもらってんの」
 史人はノートを手にしている彼へほほ笑み、敦士との会話に集中する。
「分かった。じゃあ、あとで」
 敦士は喫茶店でコーヒーを飲んでいると連絡してきた。今日は時間通りに終わったものの、実習がある日は時間通りに終わらないことが多い。
「弟?」
「うん。駅前のカフェにいるからって連絡」
「ほんと、仲いいな。俺も弟いるけど、一緒に帰るのも、出かけるとかもムリ」
 前を歩いていた二人が、兄弟の話を始める。二時間以上早く帰れる時はさすがに先に帰る敦士だが、一時間の差であれば、今日のように待っている。史人は友達へ別れを告げ、喫茶店へ入った。
 カウンター席へ座り、読書をしている敦士は、店員の声とともにこちらへ視線を向ける。顔だちは違うが、彼は直広と遼の雰囲気を半分ずつ持っている。自分には人懐こく笑いかけるのに、他人には時おり冷たい視線で応対する。
「何か飲むか?」
 史人は入った時から感じていた周囲の目に、一瞬うつむき、それから、「帰ろう?」と声をかけた。駅前の店はどこも同大学の学生が多い。敦士はそっけないが、彼狙いの学生は何度も彼を見ている。
 中学や高校の頃は、クラスメートや友達の友達から、敦士宛の手紙や伝言をあずかっても気にならなかった。むしろ、弟がたくさんの相手に好意を持たれていることを知り、嬉しく思っていた。
 今は少し違う。敦士には決まった相手がいるのに、望みを持って彼を見るなんて、かわいそうだと思う。そして、そう思うと、史人はなぜか泣きたくなった。

 ここへ越してきた時からあるなじみのスーパーへ寄る。敦士は牛肉とエリンギの炒め物を作ると言って、カゴへ必要な物を入れ始めた。
「春雨サラダでいいか?」
 史人が頷くと、敦士は乾物コーナーへと消える。史人は乳製品コーナーでヨーグルトを見比べた。子どもの時に味わった貧しさは、今でも影響している。内容量が少ないくせに、いちばん高いヨーグルトが史人の好きな製品だった。それを好きなだけ買える状況だが、つい安いほうを手にする。
 史人はストレスが溜まると、金づかいが荒くなる。だが、普段は安いものを選んだ。私立大学の医学部生は、ほとんどが裕福な家庭の子どもばかりだ。敦士と食べる日のほうが多いものの、友達と食べにいけば、周囲にある店の中でも多少ランクの高いところへ行くことになる。
 たいていは、いちばん安い料理を選ぶ史人に、「服とか持ち物にはこだわるのに、食事代はケチるんだな。それとも、こんな料理じゃ口に合わない?」と嫌味を言う学生もいる。史人はそういう時、ただ笑って、相手にしない。自分の内にある思いを、言葉にするのが面倒で、そして、苦しいからだ。
「こっちだろ」
 手に取っていたヨーグルトを元の位置に戻され、敦士が史人の好きな製品をカゴへ入れる。彼を見上げると、彼は違う製品を入れたと思ったらしく、カゴの中の製品と並んでいる製品を比べた。
「あや? おまえのお気に入り、これじゃなかったか?」
 服や持ち物にこだわるのは史人自身ではない。いつも直広や遼が、一緒に出かけて、自分に合う物を選んでくれた。今は敦士がついて来てくれる。


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