on your mark番外編17/i | ナノ


on your mark番外編17/i

 史人は鳴り出した目覚まし時計を止めた。十時を指している時計を見つめて、一瞬、遅刻だと思うが、すぐに土曜日だと思い直す。休みの日はずっと寝てしまうため、十時に目覚ましをかけていた。
 しばらくベッドの上で寝返りを打っていると、また眠ってしまう。次に起きるのはだいたい昼頃だ。医学部三年になり、朝から夕方まで授業が詰まっている状態で、週末の睡眠は史人にとって大切な休息時間だった。
 メールの着信音で目覚めたのは、十二時を回ってからだ。史人は大きく伸びをして、勉強机に置いてある携帯電話を確認する。登録している図書館から、貸出し希望の本が返却されたという内容のメールがきていた。
 部屋から出ても敦士の姿は見当たらない。史人はバスルームでシャワーを浴びて、着替えを済ませた。直広と遼は一ヶ月ほどの休暇を取り、プーケットへ旅行中だ。敦士が二十歳になったら、仁和会を引退すると聞いていた。だが、遼はまだ引退していない。その準備はしていたようだが、何とか今年中には、と苦笑していた。
 大学に合格した時、遼から大学近くに部屋を借りてもいいと言われた。周囲には新しい高級タワーマンションが建ち、この周辺でもいいから独り立ちしたければ、部屋を用意するとも提案された。
 史人はこの家が好きだった。初めてここへ連れてこられた時、窓から見える空の近さに驚いた。赤ちゃんが欲しいと言ったら、敦士という弟ができ、彼と一緒にここで育った。それだけに離れがたく、史人は遼に、「ここから通いたい」と伝えた。

 勉強は好きでも嫌いでもないが、史人はいい成績を保つ苦労というものをしたことがない。暗記も得意なのに、なぜかここへ来るまでの記憶はあいまいだった。幼少期の記憶はおぼろげなものだ。
 その中でも強烈に残っているのは、直広の弟である健史が血を流していたこと、そして、直広自身も無数のケガをしていたことだ。断片的すぎて、ちゃんと思い出せたことはないが、その記憶があるからこそ、医学部を目指したのかもしれない。
 史人は冷蔵庫を開け、中にあった冷やし中華を取り出す。敦士が作ってくれたのだろう。昔から直広にべったりだった敦士は、彼に料理を習っていた。冷やし中華のタレも同じ味だ。
 一人暮らしをする友達が多く、医学部となると自炊する時間もないため、ほとんどの学生が出来合いのもので済ませる。史人は大好物の冷やし中華を味わいながら、朝食や夕食が準備されている生活はいいな、と笑みを浮かべた。
 同大学の経済学部二年になった敦士は、直広のように世話を焼いてくれる。家事の一切ができないまま成人した自分とは違い、彼は生活する上で必要な力を身につけたようだ。
 史人は皿をキッチン台へ置き、部屋から暗記しなければならない生理学の本を持ってきた。ソファに寝転び、暗記箇所を目で追う。昨日、脱いだままにしていた服は消えていた。
「ただいま」
 五ページほど進んだところで、敦士が帰ってきた。クリーニングに出していた衣服と夕食の材料が入った袋を持っている。史人は起き上がり、彼から荷物を受け取った。
「冷蔵庫の中、分かったか?」
「うん。おいしかったよ。ありがとう」
 遼を追い越すほど成長した敦士は、先に衣服をクローゼットへしまいに行った。部屋は仕切りがあるだけで、クローゼットは完全に二人で一つを使用している。まだ小さい頃は互いの服を好きに着ることができたが、敦士が小学校二年に上がってからは、サイズが変わってしまった。
 丁寧な手つきで衣服をかけていく敦士を扉のところから見ていると、彼はこちらに気づいて笑みを浮かべた。
「今日は予定ないんだろう?」
「うん、でも、図書館に行こうかな。借りたい本が返ってきたってメールがあったから。あーくんも来る?」
 敦士はクローゼットを閉めた後、史人の前に立った。邪魔なのかと思い、横へ移動する。彼は指先で史人のくちびるの端へ触れた。
「そんなにおいしかったのか。冷やし中華くらい、何回でも作ってやる」
 彼の指先には細切りされたキュウリがついていた。史人はほかにもついていないか、自分で確認をする。
「一緒に行く」
 冷蔵庫へ購入したものを詰めていた敦士が、背中を向けたまま返事をした。史人はその返事で当然だと思っていたため、「はーい」と軽く返した。


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