twilight3 | ナノ





twilight3

 タカサトをテントへ入れようとした時、監視当番を終えたルカがこちらへ駆け寄ってきた。
「タカサト」
 ルカのよく通る声に、タカサトが振り返る。チトセは何も言わずに、二人のやり取りを見守った。
「どうした?」
「何でもない。今夜から、アラタニ少尉のテントで世話になるだけだ」
「なぜ?」
 言葉に詰まったタカサトが、不意にこちらを見た。その瞳には事情を話さないで欲しいという懇願が見て取れる。チトセはとっさだったため、「風邪気味だから、今晩、ついていて欲しいと命令した」と告げた。
 ルカの表情が厳しくなる。彼はそっとタカサトの耳元へくちびるを寄せた。タカサトは困惑した顔で、チトセを見つめる。
「何だ?」
 チトセはできるだけ穏やかに聞いた。
「アラタニ少尉、あの、症状が落ち着いていらっしゃるなら、俺は、シオザキ達の班で寝ます」
 反対する理由がない。チトセは、「問題ない」とこたえ、「薬で様子を見るからいい」と続けた。敬礼したタカサトが、ルカ達のテントへ向かう。ルカはまだこちらを睨んでいた。月明かりに照らされた表情は、陽の下でなくてもよく見える。
 自分は彼に何かしたのだろうか。チトセは暗い気持ちで、その考えを振りきり、労わる笑みを浮かべた。
「シオザ……」
「衛生兵はタカサトだけです」
 いつものように、言葉の途中で切られる。上官への態度としては無礼だ。だが、チトセは下級の人間に失礼な態度を取られたからといって、すぐに怒鳴るような性格ではない。大人しくルカの言葉を聞いた。
「私用に使うなんて、少尉失格だ」
 馬鹿にされても、それが事実であれば反論の余地はない。タカサトを私用のためにテントへ呼び寄せたのではないものの、後半の、「少尉失格」という言葉には多少同意できた。実戦四年で少尉へ昇格というのは、いくら昇格試験に受かったとはいえ、アラタニ家の力が影響している。
「……そうだな」
 小声で同意すると、余計に怒りをあおったらしい。最低だ、と返された。こんな上官に命を預けるなんて、腹が立つのは当然だ。ルカの視線を受けとめ、チトセは踵を返す。
 テントの中に入ってから、祈るように両ひざをついた。幼い頃、泣くたびに頬を打たれ、涙を流すなと蹴られた。チトセは震える手を握り、奥歯を食いしばった。

 前線へ配置される前、チトセは帝国学校の高等部を訪れていた。ヴェスタライヒが他国と同盟を組んだことで、帝国も兵の数を増やすため、高等部三年から召集をかける可能性があった。
 チトセの他に大尉や少佐達も、訪問していた。講堂での演説の後、少佐達は各学年代表へ再度、来るべき時に備えるよう、士気を鼓舞する言葉を吐いた。チトセは最後まで何も言わなかったが、まだ十代の彼らが実戦に投入されるかもしれない不安を抱いていることを見抜いていた。
「長らく続いている戦いだ。なるべく勝利で終わらせたいが、もしもの時は、大切な人を守るために戦って欲しい」
 無駄に命を捨てるな、と含ませた。
「アラタニ少尉」
 先を行く者達から急かされた。会釈をして、皆を追いかけようとすると、一年の代表である青年がチトセを呼びとめた。青年は澄んだ湖のような雰囲気を持っていた。
「何があっても、ご自身の命を大事にしてください。求めたものは必ず手に入ります」
 青年は闇色の瞳をにじませていて、その予言じみた言葉は、チトセの記憶にしっかりと残った。
 この辛い日々を耐えれば、戦いは終わり、望むものが手に入るということだろうか。こらえきれずに流れた涙を手で拭い、チトセは寝袋の上へ体を横にした。


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