twilight2 | ナノ





twilight2

 第三小隊にはルカ・シオザキという名の兵がいる。時計回りに監視当番の兵達を労い、チトセは双眼鏡を手にしているルカへも声をかけた。
「シオザキ」
 ルカの姿はすぐに視界へ入ってくる。小隊の中ではもっとも背が高く、目立つ存在だった。ヘルメットを目深に被っている彼は、敬礼した後、また双眼鏡をのぞき込む。
 彼の母親はヴェスタライヒ人だと噂で聞いたことがあった。確かにうなじの生え際は、ダークブラウンの毛が見え、髪は黒く染めていると分かる。瞳も帝国の人間にありがちなブラウンだったが、今はコンタクトレンズなどで誤魔化せる時代だ。ヴェスタライヒ人特有のヘーゼルやアンバーのような色なのかもしれない。
 ルカのような混血は珍しくはない。だが、軍部に入るとなると、相当の調査があったはずだ。彼のパーソナルカードには、身体能力、戦闘能力、そして頭脳ともに抜きん出ていると記載されていた。
「異常は……」
「異常なし。予定通り、明朝は第二小隊を追って、北東の経路を進めます」
 生い立ちや軍に関係のない経験、あるいは性格など、パーソナルカードにはそういった生身の部分が書かれていない。彫りの深い顔だちをしているルカは、いつも不機嫌そうに見えた。
 こちらを見もしないで、自分の言葉を遮った。それもいつものことだった。ルカが言葉にしているところを見たことはないが、彼もおそらく他の者と同じように、自分のような人間に指示されるのが嫌なのだろう。
 チトセは、「ご苦労」と背中へ声をかけて、来た道を戻った。夏の間は十九時頃まで明るい。カードゲームに興じている兵達のところまで行き、チトセは、「タカサトの件だが」と切り出した。煙草を賭けているらしく、兵の一人が一本を中心へ投げた。
 誰も手をとめない。チトセは小さな山になっている煙草をつかんだ。
「おい、何すっ、あ」
「アラタニ少尉」
 チトセは煙草をつかんだまま、「タカサトは衛生兵だ」と押し殺した声で伝えた。
「怪我を負ったり、体調を崩したりした兵のために、ここにいる。次に何かあれば、懲罰だ」
 三人が頷くのを確認してから、チトセは煙草を離した。様子をうかがっていた下士官が、無線連絡が入ったと知らせてくれる。自分のテントへ戻り、無線機を手にした。受信する情報を聞き、地図上の位置を目で追う。
 作戦では、陸軍の第十小隊までがウール海沿岸部から上陸し、北上する予定だった。現時点では第三小隊までしか上陸していないが、このまま北上して、ノルドライン港を目指している海軍と合流する。
 無論、合流前にはノルドライン港を擁する港町を制圧する必要があった。チトセは右手で首に提げていたチェーンを引っ張る。ドロップ型をしたモチーフはロケットペンダントになっており、中には写真が入っていた。
 チトセの母親の写真だった。チトセはロケットペンダントを閉じて、両手を合わせて握る。母親はチトセの命と引き換えに亡くなった。声も知らなければ、その手の温もりも知らない。
 アラタニ家の名に恥じないように、と英才教育を受けてきたチトセは、誰にも言えない弱音を抱え込んできた。帝国学校では常に成績首位を保ち、社交界ではアラタニ家の長男として羨望の的だった。
 水面で手足をばたつかせる音が聞こえる。幼い頃から習っていた水泳教室の指導員が、大きな声を張り上げていた。
「次!」
 チトセは大きく目を開き、目の前で無機質な音を立てている無線機を切った。ロケットペンダントを戻し、汗を拭う。
「アラタニ少尉、夕飯をお持ちしました」
 外から聞こえた声に、チトセはテントを出た。


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