きみのくに20 | ナノ





きみのくに20

 あの日以来、マヌは自分のことを意識している。目を合わせるとすぐにそらすし、手が触れただけで赤くなり、うつむく。ベッドは彼へ譲り、ティトは寝袋を使った。
 ヒイロの森までの旅路は、宿屋が見つからなければ寝袋に入るしかない。いい練習になると言えば、マヌはそれ以上、ベッドをすすめてはこなかった。旅の準備には一ヶ月ほどかかった。マヌはその日暮らしをしており、旅に必要なものを購入するための金がなかったからだ。ティトはそのことを知り、自分も市場へ行き、力仕事を見つけては金を稼いだ。
「道が整備されてるのは意外だな」
 海岸近くの小屋を後にしてから、半月ほど歩いていた。ティトの予想とは異なり、旅には危険が少ない。現在は街道の最後の街、ミカミまで往来しやすいようになっている。
 道中、マヌは歴史を教えてくれた。大昔は人間が少数派で精霊が多かった世界は、しだいに人間の数が増え、権力が二分化し、国が二つに割れたらしい。人間は森を破壊し、急速に砂漠が増えた。
「創世記だろ? 俺もその本を読んで育った。トキと精霊王の話、大好きだったな」
 その話に影響を受けたのか、ティトは自分の愛すべき者が、この世界のどこかにいるのだと信じてきた。寝袋の中に入ったティトはまだ隣で起きているマヌを見つめる。彼は長い髪を結っていた紐を解き、くしで髪をすいていた。
「マヌ」
 手をとめずにこちらを向くマヌへ、「髪へ触れてもいいか?」と尋ねる。マヌが頷き、ティトは寝転んだまま、彼の髪を指へ絡めた。満天の星空の下で、彼の姿を見て、髪をすくと、ティトの瞳からは涙があふれた。
「夢を見るんだ」
 くしを置いたマヌは寝袋へ足だけ入れて、ティトの顔をのぞき込む。
「マヌに会った時、すごく懐かしい気がした。それに、こうして手をつないでると、落ち着く」
 ティトがほほ笑むと、マヌは泣かないようにくちびるを噛み締めていた。
「僕は、夢なんか、見てない」
 つないでいた手の上に、マヌの涙が落ちた。ティトは彼の肩を抱き寄せ、隣へ寝転んだ彼のこめかみへキスをする。
「泣かないで。俺は夢の中に出てきた愛しい人が、おまえだったらいいのにって思ってただけだから。もし、そうじゃなくても、魅かれてる思いは消せない」
 ティトは肘をつき、潤んでいる青い瞳を見下ろした。
「マヌ、好きだ」
 拒否されたらやめようと思っていたが、マヌはただ泣きながら、こちらを見つめていた。くちびるへキスをしてから、手を握る。
「ティト……」
 瞳に輝く星を映しながら、マヌは小さな声で言った。
「ミカミには僕の両親がいる。十五の時に、故郷を出たんだ。あそこは海から遠いから。僕は……君を知らないし、夢を見たこともない。でも、ずっと海の近くに住まなきゃいけないって気がして、あそこに小屋を造った。それでね、毎日、砂浜を見にいってた。朝と夜、一度も欠かさずに見にいってた」
 マヌは手をつないだまま、上半身を起こす。
「ティトを見つけた翌日も、見にいった。そしたら、僕は、もう見つかったって思ったんだ」
 あふれた涙がマヌの頬をつたっていく。ティトがマヌを抱き締めると、彼は耳元で、「僕には記憶がない」とささやいた。その瞬間、ティトは何かとても大事なことを知ったような気がした。だが、すぐに笑みを浮かべる。ティトも夢が何を意味しているのか分からない。それがもし、前世の記憶だったとしても、大事なのは、今だ。
「マヌ、二人で生きよう」
 ティトは無意識にマヌの左手首をつかみ、そこへキスを落とした。彼が頷いた後、くちびるへキスをして、腕の中へ抱く。しばらく抱き締めていると、彼の寝息が聞こえてきた。
「マヌ?」
 長いまつげに縁取られたまぶたが少し動いたが、目が開くことはなかった。代わりに、彼の口が小さく震える。
 おかえり、ティト。
 ティトは息を飲み、口を押さえて嗚咽を飲み込んだ。明日、朝陽が昇ったら、いちばんに、「おはよう」と言おう。ティトはもう一度、愛しい人へくちづけをした。



【終】

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