きみのくに19 | ナノ





きみのくに19

 崩れかけた石段に、ティトは立ち尽くしていた。額から流れる汗を拭うと、腕についたのは血だった。ティトは少し休もうと、森のほうへ向かう。木に背中をあずけて、大きく息を吐いた。
 火の国の第五王子として戦いへ出ているが、ティト自身はこの争いに意義を見出すことができなかった。自分達の権力を守るために、王族以外が呼び出した精霊は闇の精霊だと言う兄達を見て、ティトは自分の精霊を呼び出し、真実を聞いた。
 馬鹿げた争いは止めるべきだと進言した。だが、誰もティトの話を聞いてくれなかった。敵とみなしている相手へ真実を伝えようにも、好戦的な精霊と契約している者はすぐに攻撃を仕掛けてくる。
 ティトは左腕にある腕輪へ触れた。土の国は安全だろう。ただ、このまま戦いが長引けば、どうなるかは分からない。自分の足の上に座り、笑みを見せるマヌの姿を思い出す。長く艶やかな黄金の髪をすき、結ってやりたかった。抱き締めて、「もう大丈夫だ」と言ってやりたかった。彼のために諦めるわけにはいかない。
 もう一度、立ち上がると、二人の兄がこちらへ歩んでくる。話し合いに来てくれたのだと思い、ティトは一歩踏み出した。うしろから羽交い絞めにされる。抵抗する間もなく、目の前の兄達に腹と胸を刺された。
「悪いな、ティト。おまえは知らないだろうが、王族の権力を誇示するためには、この争いを終わらせるわけにはいかないんだ」
 ティトは仰向けに倒れた。言葉を発しようとすると、口から血があふれる。かすれる視界の中で、「ピア」と精霊の名を呼んだ。
「かい、じょす……る」
 ピアは静かにこちらを見下ろしていた。
「マ、ぅ……をっ」
 マヌを頼む、と言いたかった。契約を解除された名のない精霊は、ティトの額へ指先を当てた。木の幹へ腰を下ろし、泣いているマヌの姿が見えた。目尻からあふれた涙は、頬を滑り、耳から地面へと落ちていく。
 空に見えた星が歪み始めた。しだいに暗闇が降りてくる。一人で死ぬのはいい。だが、マヌを一人ぼっちにはできない。暗闇の中にマヌが現れた。
「マヌ、どこにいるんだ?」
 手を振るマヌを追いかけて、ティトは歩き始める。
「待ってくれ、マヌ! おまえの国へ連れていってくれ」
 手を伸ばすと、彼の指が絡んだ。ティトは安堵し、その手を握り返した。

「マヌ」
「……はい」
「マヌ!」
「あ、の、ティト?」 
 温かい指先を握り、ティトは涙を流した。
「よかった、もうはなれない」
 手に力を込めて、ティトはマヌの体を抱き締めた。自分の腕におさまる彼の頭へ顔を寄せる。甘い香りがした。リチのエキスだ。
「ティト、あの、ちょっと苦しい」
 腕の中で動く存在に、ティトは笑みを浮かべた状態で目を開き、そして、驚いて、のけぞった。
「わっ」
 狭いベッドの上でのけぞったため、壁に軽く頭をぶつける。
「いたっ」
 左手で後頭部を押さえ、ティトは目の前で上半身を起こし、頬を染めているマヌを見つめた。
「僕、寝ぼけてベッドに来たみたい。ごめんなさい」
 マヌはうつむいたまま、そう言って謝罪をしてきた。ティトは昨晩のことを思い出し、自分が運んだのだと説明する。夢を見た気がしたが、頬を染め、こちらをうかがうマヌの様子を見ていると、夢を思い出すより、彼の手を握るほうが重要だと思えた。

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