きみのくに18 | ナノ





きみのくに18

 冷たい風が通り過ぎた気がして、ティトはうしろを振り返った。常緑樹に囲まれたヒイロの森であれば、朝晩は冷え込むかもしれないが、この辺りの気候は非常に過ごしやすい。冷たい風を感じることなどなかった。
「足だけ浸しても、疲れが取れるって聞いたんだ」
 マヌはそう言って、たらいの中にある足をばたばたと動かした。飛び散る水に笑い声を立てる彼は、すでに十八歳だと言っていた。ティトのいた国では、その年齢だとすでに一人前の男として働いている。
 家族の話は聞いていないが、マヌは裏に畑を作っており、そこで取れた野菜を市場の商人達へ卸していた。マヌは朝早くから畑仕事をして、その日収穫したものを持って、市場へ行き、頼まれ事があれば、その依頼を受けて、多少の金も稼いでいる。助けられた当時は一日中ベッドにいたため、分からなかった。
 最近では一緒に市場へ出かけている。ティトのように外から来た人間は珍しいと聞いた。だが、少なからず、この原始の森がある島を目指して、たどり着いた者達がいたようだ。もし、彼らが戻れば、輝かしい栄誉が待っていたに違いない。
 戻ることができない理由は二つあった。一つはここが離れがたい場所であることだ。ティトもまだヒイロの森へたどり着いていないが、この素晴らしい場所から離れたくないと考えていた。もう一つは、昔と異なり、海流が変わったため、ティトの国へ帰る航路がないということだった。
 昔は増えすぎてしまった人間達が、この島からティトの住んでいた国や他の場所へ船を使って移住していた。だが、ある時から海流が変わり、ここからさらに南下した島までしか船が出せなくなったらしい。
 マヌは船に乗ったことがないと言っていた。ティトはさらに南下すると何があるのか知りたくなり、市場にいた商人達へ尋ねた。彼らによると、巨大な氷塊の浮かぶ海が続いた後、氷の国と呼ばれている国があり、その国からは陸続きで移動できるようだ。
 もっとも、氷の国から移住してくる人間はいても、この島から出ていく人間はおらず、陸が続く先の国は地図でしか分からない。ティトはもしかしたら、その先に自分の国がある島があるかもしれないと考えたが、地図で見る限り、自分の住んでいた国は見つからなかった。
「ティト」
 たらいから足を出して、布で拭いたマヌは、たらいの中の水を近くの木にかけた。
「ヒイロの森までは、一ヶ月くらい歩くことになるから、体調が整って、準備も万端にして行こうね」
 マヌには船旅の目的を話していた。仲間のためにも、ヒイロの森にある精霊樹をこの目で見たいという思いはある。だが、ティトはその目的が達成されたら、ここを去らなければいけない気がして、乗り気にはなれなかった。

 ベッドはまだティトが占領していた。夜中に目が覚めて、水を飲みに部屋を出ると、椅子に座ったまま眠っているマヌの姿があった。ティトは水を飲んでから、マヌの肩へ触れる。
「マヌ、ベッドを使ってくれ」
 呼びかけても、マヌは眠ったままだ。ティトは小さく息を吐き、蝋燭に照らされているマヌの顔をのぞき込んだ。無意識に彼の頬へ指先が触れる。滑らかな頬をなで、指先ではなく、手のひらを頬へ当てた。
 しゃがんでいたティトは、マヌのくちびるへ顔を寄せる。目を閉じた時、まぶたの裏へ浮かんだのは、ベッドの上で彼の手を握り、彼を抱く自分だった。
 ティトはマヌのくちびるへ触れる寸前で目を開き、彼の体を横抱きに抱え上げた。ベッドに座り、彼の体を自分の体で支えるようにして、横になる。胸のあたりにある小さな頭を見つめながら、ティトは胸に迫る気持ちに瞳をにじませた。
 どうしてかは分からない。だが、ティトはマヌをとても愛しいと思った。

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