on your mark番外編22 | ナノ





on your mark番外編22

 先輩に指定された居酒屋の前で、携帯電話を確認した史人は、新着メールを開いた。敦士には史人からメールを入れておいた。来るかどうかは別として、自分のいる場所と予定を知らせておく。
「お待たせ」
 少し呼吸を乱した先輩が、史人の前へ駆けてきた。
「皆、あとから来るから、先、入ろう」
 そう言われて、彼のうしろを歩きながら、史人は聞いていたところと別の場所へ移動していることに気づいた。
「あれ? 先輩、あそこじゃないんですか?」
「あぁ、予約できなかったから、別のところにしたんだ。言わなかった?」
 史人は小さく頷く。
「ごめん、ごめん。皆にはこっちでメール送ってるからさ」
 鞄から携帯電話を取り出し、史人は店の名前を敦士へ送り直した。
「弟も来るのか?」
 中へ入ると、店員が予約を確認し、個室へと案内される。
「たぶん、来ると思います」
 先輩は、「そうか」と笑みを見せた。個室は畳部屋になっており、一度、靴を脱がなければならなかった。史人は靴を脱ぎ、掘り炬燵式のテーブル下へ足を入れる。
「ビールにする?」
 向かいに座った先輩が飲み物のメニューをこちらへ向けた。史人は比較的アルコールの弱いカクテルを指差す。適当に料理も注文して、一杯目は先輩と二人だけで乾杯した。二口ほど飲んだところで、彼が隣に座ったため、誰か来るのかと思った。
「女子も呼べばよかったな」
 先輩はそう言って、こちらを見た。
「え、別に、俺はいいですよ」
 一年の時から付き合い始めても、三年に上がってからは別れたという話を二回ほど聞いていた。同じ学部内でなら、互いの忙しさを分かり合えるが、他の学部や外部の大学に恋人がいると、なかなか長続きしない。もっとも、史人には不要な悩みだった。
「男が好きだから?」
 自分の言葉に続いた先輩の言葉に、史人は思わず動揺した。彼は小さく笑い、「こうやって集まってる時とか、女の子がいても、深田はそっちを見ないよね」と指摘する。
「そんなこと……」
 ないです、と言いたいが、実際にそうだったのかもしれないと考えてしまう。早く誰か来ないかと、閉ざされた扉を見つめた。先輩の手が頬へ触れ、史人の体を壁際へ追い込む。
「先輩、俺……」
 彼の手が史人の手を押さえ込んだ。嫌だとは思わなかったが、心の中で何度も敦士の名前を呼んでいた。彼のくちびるが重なる。左手が脇腹をなで、ジーンズの上から股間へ触れた。彼は意味ありげに股間をなでた後、史人の右手を握る。
 その大きな手に少しだけ胸が高鳴った。先輩のことを初めて意識して見つめた。
「反応が可愛いな」
 彼は元の位置へ戻り、ビールを飲み干す。くちびるへ触れた史人は、「あの、俺、キス、初めてなんです」とつぶやいた。
「え? そうだったの?」
 先輩は驚き、すぐに嬉しそうに笑った。
「深田、付き合おう?」
 史人は扉を見た。早く誰か来たらいいのに、誰も来ない。
「俺、勉強が……」
「そんなの断る理由にならない。重く考えないでいいから、試しで付き合おうよ」
 空のジョッキグラスを持つ大きな手へ視線を移す。あの手の先に誰を望んでいるのだろう。気軽に付き合おうと言ってくれている。相性が合わなければ、すぐに別れたらいい。それは失敗ではなく、経験値として残るだけの話だ。
「でも、やっぱり」
「誰か本命がいる?」

番外編21 番外編23

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