on your mark番外編21 | ナノ





on your mark番外編21

 どんなに遅くなっても、史人は深夜一時には眠るようにしている。電気スタンドの明かりを消して、ベッドへ横になると、敦士が入ってきて仕切りの向こうで動いた。
「あーくん」
 史人は目を閉じたまま、敦士を呼ぶ。
「どうした?」
 すぐそばにある気配に、笑みを浮かべた。
「こっちで寝て」
 回転して場所を空け、敦士が来るのを待つ。彼は小さな声で笑い、それから、隣へ来てくれた。
 敦士は幼い頃から母親に暴力を振るわれていた。夜、眠った後に泣きながら起きることが多く、そういう夜は直広が来て、彼と三人で眠ると落ち着いた。
 敦士も自分も恵まれていると思う。だが、互いに抱えているものはある。それは二人だけではなく、他の皆も同じだと思っていた。だから、史人は他人から、「甘やかされて育った」と見られるのが嫌いだった。
 もちろん、自分を守るために苦労してきた直広に比べれば、大したことはないと分かっている。だが、幼い頃の断片的な悲しい記憶や同性に魅かれる自分や日常生活のほとんどを敦士に頼っていることを考える時、そういう目で見てくる他人に言い返したくなる。
 どうにかしようともがいているのは、自分も同じだ。
「おまえは恵まれてるからって目で見られて、苛々するのって普通?」
 史人は暗闇の中で敦士の手に触れた。彼はそっと握り返してくる。
「優しいほうだろ。俺なら相手を殴ってるかもな」
 敦士らしい返事に、史人は笑った。
「直パパと遼パパから愛されて育った。自分が抱えてる闇が何かも知ってる。抱えてる問題が何か分からないで、誰かを傷つけてる奴らよりは恵まれてる」
 遼の物言いに似ていて、思わず吹き出すと、敦士は体を反転させ、こちらを向いた。
「あーくん、カウンセラーになればいいのに」
「俺は史人専用だから」
 敦士もそう言って笑い、眠るようにと促される。
「今日は解剖実習があるんだろ? いつ終わるか分からないんだから、ちゃんと睡眠、取れ」
 医学部のシラバスを持ち歩き、自分の予定を把握している敦士に、いまさら驚きはしない。史人はほぼ毎日、一時間目から授業があるが、彼にはない。それでも、毎朝、先に起きて朝食の準備をしてくれる。
 来年、三年生になる敦士は、秋か冬にはもう就職活動を始めるだろう。こんなふうに構ってもらえるのも時間の問題だ。敦士が就職して、社会人一年生の時、史人は医学部六年になり、試験をこなしていく。サポートは欲しいが、いつまでも彼を縛るような形では暮らしていけない。
 史人はすでに眠っている敦士の手を握り返す。過去に戻りたいと思ったことは一度もなかった。だが、今はむしょうに小学生の頃に戻りたいと思った。

 教室を移動中に、この間、飲みに誘われた先輩に呼びとめられた。史人は笑みを浮かべ、会釈をする。彼は、「久しぶりに泳ぎにいこう?」と言った。ほとんど参加していないが、史人は医学部内の水泳サークルに所属している。彼は別のサークルだが、史人の趣味が水泳だと知り、時々、誘ってくるようになった。
 何度か誘いにこたえて、友達を呼び、皆でプールのある施設へ遊びにいくことはあった。史人の脳裏には、プールサイドで読書をしている敦士の姿が浮かぶ。敦士の体には母親から受けた傷痕が残っていた。
 本人は気にしていないが、敦士が一緒に泳がないプールなんて、史人にとっては少しも楽しくない。昔は家の湯船を使い、二人で遊んだ。湯船は大人二人でも十分な広さがあるが、今はもうできない。
「先輩、すみません。俺、ちょっと忙しくて」
 断りの常套句を口にすると、彼は苦笑する。
「今から忙しいなんて言ってたら、来年、再来年、終わってるぞ。俺も忙しいけど、息抜きの時間は作ってる。プールがダメなら、夕飯くらい付き合えよ。今日は?」
「今日はラストが解剖です」
「明日は?」
 史人が頷くと、彼は、「皆に伝えとく。詳細もメールするから」と携帯電話を取り出した。

番外編20 番外編22

on your mark top

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -