falling down番外編16
ベッドへ引き込み、トビアスの手を握ると、彼は笑いながら、「郵便局?」と聞いた。郵便物は近くの郵便局留めにしている。速達と緊急のものが来た時は郵便局から電話が入るが、それ以外は週一回、仕事へ行く前に寄っていた。
「結婚祝いのカードが届いてるだろ?」
トビアスは、「そっか」と頷いた。
「紅茶、途中だから行かないと」
レアンドロスが解放すると、彼はチェック柄のクロップドパンツを片手にキッチンへ向かう。レアンドロスも起き上がり、バスルームへ行った。身支度を整え、キッチンで朝食の用意をしているトビアスをうしろから観察する。
「今日は紅茶だから、ソーダブレッドにする?」
「あぁ」
冷蔵庫からベーコンとソーセージ、タマゴを取り出し、トビアスは手際よく焼き始めた。料理は得意そうではなかったのに、いつの間にか自分よりも上手くなっている。先週と異なり、外は厚い雲に覆われていたが、レアンドロスは幸せな気分だった。
トビアスが火を止めたのを確認し、うしろから抱き締めてキスをする。
「先に食べよう? 冷めたらおいしくない」
「ベッドで食べないか?」
トビアスはこちらを見上げてほほ笑んだ。トレイを二つ用意する。二人で並んで、トレイをひざの上に置いた。
「クリスマス休暇に行きたいところはある?」
目玉焼きをベーコンとともに食べながら、レアンドロスが聞くと、トビアスは、「気が早い」と笑った。
「マヨルカにプライベートビーチ付きの別荘を貸してるところがある。たまには一面雪の世界じゃなくて、青い海の世界でもいいと思わないか?」
ソーダブレッドをちぎり、口へ運んだ。トビアスは紅茶を一口飲む。学生時代は休みのたびにこの別荘で過ごし、遠距離で出かける場合はオーブリーに会いにいく程度だった。
働き始めてから、毎年この質問をしている。こたえも知っていた。
「ここがいい。どこにも行きたくない」
レアンドロスはトレイをそっと取り上げる。言葉にしたことはない。だが、こちらを見つめるブラウンの瞳を見ていると、トビアスは自分の願いを知っているのではないかと思う。閉じ込めて、二人だけの世界で生きたい。
今まで公の場でもプライベートな場でも多くの人目にさらされてきた。エストランデス家を出て、継承権を破棄してからはずいぶん変わったが、それでも、注目はされる。
シャツを脱がせ、クロップドパンツを引っ張った。週一回で満たされていた欲求は加速している。トビアスと体をつなげながら、本当は怖いのかもしれないと思った。彼に言わないと決めたことがうしろめたいのかもしれない。
だが、レアンドロスは自分を信じている。その時その時で下した判断が誤っていたなら、今、こんなふうに幸せにはなっていない。トビアスの上下している胸へ耳を当てた。つないでいた手が離れ、レアンドロスの髪をなでていく。
「ビー……」
教会で誓った言葉や毎日のように伝えている、「愛している」という言葉では足りない。パパラッチに追い回されるような身分でなければ、トビアスのことを自慢のパートナーとして知人や付き合いの浅い友人へも紹介できたかもしれない。もっと大勢の人間から、結婚を祝福されたかもしれない。
「二人だけなんて、馬鹿げてたかな」
髪をなでていた手が一瞬、止まる。レアンドロスは顔を上げて、トビアスを見つめた。
「どうして? 俺は二人だけでよかったって思う。今この時間も俺達だけの時間だ」
優しくほほ笑むトビアスに、レアンドロスはもう一度、彼の胸へ耳を当てた。自分は卑怯だと思う。家から出ても、祖母に頼り、自分の力では何一つできない。トビアスだけが唯一の宝物だった。
そして、トビアスだけは、エストランデス家の人間であろうとなかろうと、ただレアンドロスとして見てくれる。ありのままの自分でいるだけで、敬意を払われ、愛される喜びは計り知れない。
レア、と呼んでくれ、と初めて口にした日を思い出す。
「レア」
愛する人に呼ばれるたび、彼のために強くなれる気がした。 |