falling down 番外編14 | ナノ





falling down番外編14

「レア」
 下着の上からペニスをなぞっていたレアンドロスの手に、トビアスは自らの手を重ねた。
「ごめん」
 結婚のことだと思ったのか、レアンドロスの表情が曇る。トビアスは、「結婚のことじゃない」と付け加えた。冷たい態度であしらっても、記憶をなくしても、いつもそばにいてくれたのはレアンドロスだった。彼はエストランデス家の長男であるにもかかわらず、トビアスを友人として扱ってくれた。そして、恋人として愛してくれる。
 周囲の目も気にせず、自分のことを守ってくれているのに、トビアス自身は彼の意見ではなく、周囲の意見に左右されてきた。耳に入ってくる言葉をさも自分の考えのように言い、結婚を渋った。
 レアンドロスはすべてを捨てて、自分のそばにいる。エストランデス家の人間だから、と陰口を叩かれるのが嫌でインターンシップの時から、誰よりも早く研究所へ行き、いちばん遅くに帰っていた。
 今も、面倒な仕事はすべて引き受けているらしい。王族の特権だと言われたくないと笑い、「俺はもう君を養えるくらい一人前になったかな?」と真剣に尋ねてきたこともあった。その彼に、「結婚はもう少し待って」と言い続けた。
 トビアスは上半身を起こして、レアンドロスの手を握る。
「周りの声に左右されてた」
 レアンドロスはその告白だけで、すべて理解したようだ。オリーブオイルが衣服につくが、彼は気にすることなく抱き締めてくる。
「ビー、分かってる。でも、今回はこたえてくれただろ?」
 トビアスは頷いた。
「昔、言ったこと、覚えてる? 君の幸せが俺の幸せなんだ。もし、本当に君が望むなら、距離を置いてもいいって考えてた」
 優しく光る瞳を見つめ、トビアスも涙をこらえた。レアンドロスはいつもトビアスのことをいちばんに考えている。トビアスもレアンドロスのことをいちばんに考えている。だからこそ、周囲の人間達から彼のことを色々言われるのが辛かった。うつむいていると、彼の手が顎へ触れる。
「結婚しても何も変わらないと思う?」
 トビアスがこたえる前に、レアンドロスは言葉を続けた。
「法律上は配偶者になる。俺が死んでも、ここに住んで欲しいとは言わない。でも、管理して欲しい。今のままだとエストランデス家のものになってしまうから」
 財産は欲しくない。それに、今から死んだ時の話をするのは嫌だった。だが、レアンドロスはトビアスのくちびるへキスをしてから、続きを話す。
「この別荘にはいっぱい思い出があるし、これから先も色んな思い出ができるから、君に管理して欲しいんだ。それから、まだ買わないけど、俺達だけの墓を用意しよう? 生まれ変わりを信じてる?」
 首を横に振ると、彼はほほ笑んだ。
「俺も信じてない。天国でも一緒に暮らそう」
「エストランデス家のお墓……」
 彼はトビアスの涙を拭ってくれた。
「あの墓地へは入らない。俺は君だけのものになりたい」
 昔だったら、ただ泣いていた。レアンドロスへ何も返せない、と悲しくなって、自分の無力さを恨んでいた。トビアスは彼の頬へ触れる。ヒゲにオリーブオイルがついて、少し笑ってしまった。
「ごめんね、レア。俺なしじゃ、生きていけないように、変えてしまった」
 レアンドロスは笑い声を漏らす。
「君も俺なしじゃ生きていけない。それに、俺は天国でも君を追いかける。気まぐれで優しくしないでって、怒られてもね」
 トビアスが笑うと、彼も笑った。

 カティエスト最古の教会で愛を誓い合ったのは、それから五日後のことだった。大勢に祝福されるより、二人だけでひっそりとしたいというレアンドロスの気持ちを大事にした。情報は目に見えない分、漏れやすい。誰か一人でも招待すれば、必ず招かざる客が来るためだ。
 役所で手続きをした後はパーティーを催すものだが、レアンドロスはそれも望まなかった。トビアスは左手に光るマリッジリングを見つめ、笑みをこぼす。レアンドロスの指には同じデザインのリングが輝いていた。
 隠していてもいずれ明るみに出る。だが、大事な瞬間は、今この瞬間のように二人だけのものになった。トビアスは隣で眠るレアンドロスの額へキスをして、目を閉じる。少なくともあと十日は、二人だけの世界だ。

番外編13 番外編15(レア視点)

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