falling down 番外編13 | ナノ





falling down番外編13

 リクライニングソファの上で押し倒されたトビアスは、レアンドロスからのキスを受け止めた。生え始めたヒゲが当たり、身をよじると、彼の動きが止まる。
「ヒゲ?」
 トビアスが頷き、彼は手を顎へ当てた。
「ごめん。明日、ちゃんとする」
 苦笑いしたレアンドロスは愛撫を再開した。右手の薬指にはエンゲージリングがあり、彼はそれを確認するように手を握る。トビアスは少し顔を上げて、彼のくちびるへキスをした。そのまま彼の手が後頭部を支えてくれる。
 膨張した熱を強調するように、抱き締められた。ベッドへ移動せず、レアンドロスは朝食を並べてあったテーブルの上から、オリーブオイルを取ってくる。
 行為の後、体がべたべたになる。トビアスは一瞬だけそのことを懸念したが、すぐに思い直した。シャワーを浴びればいいだけのことだからだ。いつもの週末なら面倒と思うことも、休暇中ならそうは思わない。トビアスは自ら服を脱ぎ、下着だけになった。
 ソファから離れ、ウッドデッキの手前へ寝転ぶ。うつ伏せになり、庭のほうへ顔を向けると、レアンドロスが肩の辺りからオリーブオイルを塗り始めた。
「ビー、もう少し、こっち」
 日陰に入るように促され、トビアスは少し奥へと体を動かす。
「ブラウンのビーも可愛いだろうけど」
 レアンドロスはそう言った後、トビアスの二の腕へ強めのキスをする。白い肌へピンクの花びらが浮かんだ。
「こっちのほうが好きだ」
 トビアスは小さく声を立てて笑った。互いに三十歳だ。それなのに、レアンドロスは十代の頃のまま変わらない。世間知らずなところは経験を経て消えていったが、いまだに突拍子のないことを言って、研究所の皆を驚かせる。
 彼はゆっくりと肩から腰をマッサージしてくれた。トビアスが、「交代しようか?」と尋ねると、彼は首を横に振る。
「仰向けになって」
 足のマッサージを受け、トビアスは目を閉じる。徐々に上へと移動する指先に、声を漏らした。購入したばかりの下着の上から、レアンドロスが惜しみなくオリーブオイルを垂らしている。好奇心旺盛な子どものような瞳の輝きに思わず笑った。
 彼は触れるだけのキスをして、「嬉しくて」と、オリーブオイルにまみれた指先ではなく、腕で目尻を拭った。
「ずっと不安だった。結婚で縛りつけられるはずもないけど、もし、国へ帰りたいとか、自立したから一人で暮らすとか、言われたらどうしようって、怖かったんだ」
 ブルーの瞳からはもう涙はあふれていない。トビアスは彼の涙に重ねてきた歳月の重さを知った。早く結婚したいと言っていた彼の希望を蔑ろにしたわけではない。だが、彼を取り巻く周囲の人々の意見に振り回された。自分自身も自立することが、一つの区切りになると信じていた。
 そして、彼の言葉通り、就職したら、一人で暮らしたほうがいいのではないかと考えていた。国へ帰ろうとまでは思っていなかったものの、毎年招待されるミルトスの誕生日パーティーでは、レアンドロスと距離を置いたらどうか、と彼の母親から言われた。
 過去から立ち直っている現在なら、レアンドロスと離れても生きていける気がした。一年前、結婚しようと言われ、トビアスはもう一年待って欲しいと返した。あの時のレアンドロスは悲しみをこらえて、笑みを作っていた。
 二人だけの世界だと思っていても、社会とつながっている。結婚してもレアンドロスがエストランデス家の人間であることには変わりない。本人が家を出たと思っていても、世間はそう見ない。タブロイド誌へ書かれる嘘を読み、距離を置く同僚もいる。トビアスは気にしてはいけないと思いながらも、周囲や彼の両親の言葉ばかりを気にかけていた。
 きっと離れられる。だが、レアンドロスは違う。彼は自分がいないと生きていけない。そういうふうにしたのはトビアス自身だ。愛されているという自惚れではなかった。

番外編12 番外編14

falling down top

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -