spleen番外編20 | ナノ





spleen 番外編20

 教育実習の先生が来た。
「大友明史です」
 緊張しているのか、少し高めの声で名乗った彼の美しさに、クラスメート達は呼吸すら忘れていた。
「大友先生はうちの出身だ。風紀委員を中等部から六年務めた厳しい先生だから、彼の前で違反行為をするなよ」
 担任である水川が大友の肩を軽く叩くと、大友は花がほころぶような笑みを見せた。
「やばい」
「やばいな」
「本当にやばい」
 親友達と教室に残り、今朝見たばかりの大友のことを話していた。たった二週間の期間の間にどれくらい彼と仲よくなれるだろう。大友の恩師は水川らしい。そのため、水川が担任のこの一年三組で紹介された。
「水川が担任でも、たまにはいいことあるな」
 親友の言葉に頷きながら、悟(サトル)はパネルの電源を落とす。廊下から騒がしい声が響いた。
「大友先生だ」
 親友達が教室から出ていく。もちろん、悟も後を追った。大友は生徒達に囲まれるようにして、おそらく職員室を目指していた。質問に対して丁寧にこたえている。誰かが、「恋人はいるんですか?」と核心へ触れた。
 大友は左手の薬指にあるリングをなでながら、ほほ笑む。
「結婚してるんだ」
 リングへ触れると同時に、相手のことを考えたのか、大友は艶のある表情を見せた。
「やばい」
 親友が立ち止まり、足の間へ手をやる。悟は苦笑して、職員室へ入っていく大友のうしろ姿を見つめた。

 教師に憧れることはよくある。自分よりも大人で、物知りで、魅力的に見えるからだ。既婚者でも一度でいいから、という衝動に駆られ、悟は駐車場で大友を待ち伏せた。
 鞄を持った彼は、駐車場に停まっているイエローの車へ乗り込む。運転席にはすでに男がいた。遠目でもはっきり分かるほど見目のいい男だった。彼は運転席の男へキスをして、いつも校内で見せてくれる笑みとは異なる笑みを浮かべた。
 走り去っていく車を見ながら、運転手の男をどこかで見たことがあると思い出す。ケータイを取り出し、まずは大友の名前で検索をかけた。著名な料理研究家のレシピが並び、大友自身の情報は出てこない。
「悟?」
 水川が手元をのぞき込むようにして立っていた。
「あ、先生」
 悟は彼を見上げて、ケータイのディスプレイを差し出す。
「これって大友先生の家族?」
「あいつの母親だ」
 夕陽は落ちてあたりは暗いが、校舎から漏れる光は明るい。水川は里塚を待っているようだ。
「大友先生、結婚してるって言ってたけど、同性婚なんですか?」
 水川は目尻にしわを寄せて、にやりと笑った。
「俺が十人いたとしても敵わないくらい、いい男と結婚してる」
 反応を返す前に里塚の笑い声が聞こえた。
「水川先生が十人なんて気持ち悪いだけだよね」
 悟は里塚の言葉に頷いた。大友が来るまでは里塚のことが好きで、体調不良でもないのに親友達と保健室へ入り浸っていた。
「何で俺の好きになる人は皆、結婚してるんだろ」
 水川と里塚の指先を見つめてつぶやくと、水川が、「おまえは同年代の相手を探せ」と適当な助言をくれる。五つ以上は歳上の相手が好みだったものの、悟は言葉にしなかった。唐突に、運転席の男が誰かを思い出したからだ。
「もしかして、大友先生の相手って若宮財閥の……」
「明史に嫌われたくないなら、皆に言いふらすなよ」
 水川はそう言って、里塚とともに帰っていった。手元のケータイでもう一度、大友の情報を得ようとするが、何も出てこない。代わりに、若宮の名前も入れてみた。だが、大友と関連する情報は出てこない。
 水川が十人で敵わないなら、自分だと百人いても敵わない相手だ。悟は小さく息を吐いた。恋人にはできない。それでも、自分が三年生になれば、今度は教師として戻ってくる。彼の授業を受けられるかもしれない。悟はそれを楽しみにして、ケータイから検索履歴を削除した。

番外編19(明史)

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