on your mark番外編19 | ナノ





on your mark番外編19

 強めで、と希望すれば、甘口のカクテルが好きな自分のために、ホワイトルシアンを作ってくる。そして、何も言わなくても、生クリームが多めに入っている。史人は笑みを浮かべながら、ソファへ座り直し、マドラーでかき混ぜた。
「あーくん、こっち」
 向かいに座ろうとした敦士を隣へ呼び、小さく、「乾杯」と声をかける。敦士は一口飲んだ後、テレビをつけてドラマが放送されるチャンネルへ合わせた。それから、テーブルの上にあったナッツの缶を開けて、中からピスタチオだけをいくつか取り出す。皮を取り、中身をふたの上へ並べ、こちらへ差し出した。
 思わず笑ってしまう。だが、それが敦士にとっても自分にとっても当たり前になっていた。かつて守ろうとした存在から、全力で守られている。史人には敦士のその気持ちを傷つけることはできない。
 折り紙を見ると、勝手に涙があふれ出す。断片的な記憶の中で、史人は折り紙を手にしている。だが、次の瞬間には、折り紙はたくさんの人に踏まれ、汚れてしまい、史人はとても悲しくなる。
 直広へ聞けば、何か教えてもらえるかもしれないが、ここへ越してくるよりも前のことは、聞くべきではないと理解できる年齢になった。ショッピングセンターのおもちゃ売り場で折り紙を見つけて、唐突に泣き出した自分を、敦士は抱き締めてくれた。
 あの時、敦士は何も聞かず、ただ泣きやむまで待ち、その後も何も聞かなかった。敦士は夜、情緒不安定になり、泣き出すことがあったが、その時の自分が彼にしたのと同じように、抱き締めて、そばにいてくれた。
 今でも時おり、夜は一緒のベッドで眠る。直広達が知れば、どんな顔をするか見物だが、史人は敦士との絆を大切にしていた。自分達には、言葉にできなくても分かり合える部分がある。それはとても心地いいものだった。
 敦士は自分を守ることで、彼自身を守っているのかもしれない。真剣にドラマを見ている敦士のひざへ、史人は寝転んで頭を乗せた。
 恋人がいてもおかしくないのに、そういう話は一切聞かない。直広の話だと、心に決めている人がいるらしい。その時は、仁和会に出入している誰かだろうと思っていたが、最近は確信に変わった。
 史人と違い、敦士はよく仁和会や市村組へ遊びにいっている。誰かから女性を紹介された可能性は高い。時々、夜遅くに帰ってくるのは、その女性のところへ行っているからかもしれない。
「おかわり、いるか?」
 頷くと、敦士は史人の上半身を抱えて、ソファへ座らせてくれた。史人はピスタチオをかじりながら、CMが流れている間に、とお菓子が入っているチェストの引き出しを開ける。チョコレート菓子を取り出し、ソファへ戻ると、二杯目のホワイトルシアンが置かれていた。
 敦士は部屋で誰かと話をしている。相手は仁和会の人間だと分かった。自分の携帯電話を取り、メールを確認してみる。同学部の先輩から飲みにこないか、とメールがきていた。史人は断りのメールを送信して、ソファへ横になる。
「始まった?」
 戻ってきた敦士が頭を抱えて、ひざの上に置いてくれる。
「まだ」
 彼はウィスキーを飲み、史人が出したチョコレート菓子へ手を伸ばした。
「明日、優さんに呼ばれてる。朝、出るけど、夕方には戻るから」
「うん」
「何か食べたいものあるか?」
 史人は小さく笑う。
「ピスタチオの皮、取って」
「夕飯のことだ」
 敦士はふたを史人の胸の上に置き、皮を取ったピスタチオを並べていく。
「アジの蒲焼きが食べたい」
 敦士の指先にあったピスタチオを口元へ差し出される。史人が口を開けると、彼は中へ入れてくれた。
「了解」
 視線がテレビへと移動する。史人も同じ方向を見たが、先ほどピスタチオをもらった時に、くちびるへ触れた彼の指先が気になった。

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