on your mark番外編14 | ナノ





on your mark番外編14

 胸元まで上げた拳でノックをする前に、敦士は少しためらい、そのまま拳を下ろした。扉のノブに触れて、そっと押す。直広の声を聞き、息を止めて、扉を引いた。時計を確認して、ソファへ座る。今までの経験から、あと一時間くらいはかかるだろうと思い、テレビをつけた。
 今春から史人は大学生になった。一歳しか違わないが、この一年は敦士にとってはくだらない。史人が一年生になると、敦士は最終学年になり、一年だけ別々の校舎になる。もちろん学年もクラスも異なるが、同じ学校で学ぶ限り、彼の交友関係は把握しやすい。
 史人は難関と言われている私立大学の医学部へ合格した。さすがに学部までは一緒にしないものの、敦士は史人と同じ大学を受験すると決めている。その学部の相談をしようと思ったが、父親達は今、取り込み中だった。
 見る気のないテレビを消そうか迷っていると、電子音の後に扉が開く。
「ただいまー」
 肩からかけた鞄を外しながら、史人がリビングダイニングへ入ってきた。
「おかえり」
 ソファから起き上がり、史人の手にしていたコンビニの袋をのぞく。お菓子とアイスクリームだった。
「これ、俺の?」
 二つあるアイスクリームのうち、一つは敦士の気に入っているものだ。中から取り出すと、史人は薄手の上着を脱いで、「うん」と頷いた。彼はマスターベッドルームにあたる父親達の部屋の扉をノックしようとする。
「あや」
 名前を呼び、その拳が扉を叩くのを阻止する。
「あー、分かった、うん」
 少し頬を染めて、史人が隣へ座り、アイスクリームのふたを開ける。
「大変?」
 敦士はコーヒーフレーバーを味わいながら、時計を見た。医学部の時間割を見せてもらったが、かなりきつそうだった。大学までは遠くないものの、ここから出て、大学の門までは一時間ほどかかるだろう。遼は史人に一人暮らしも提案していたが、史人は家から通いたいと言って、電車通学をしている。
「まぁまぁ大変」
 史人の食べているアイスクリームへスプーンを入れる。彼はカップを差し出し、取りやすくしてくれた。彼の長いまつげを見つめていると、不意に視線をこちらへ向けた。
「あーくん、明日、予定ある?」
 敦士は当然のように首を横に振る。実際に予定はないが、史人のためなら、どんな予定もなかったことにできる。
「午後から買い物、付き合って」
「あぁ」
 しばらく二人でお菓子を食べながら、テレビを見ていた。肩へ軽く当たった史人の頭に気づき、敦士は彼の体を抱える。彼はスイミング教室へ通い、敦士は空手を習った。中学校へ上がってからは、柔道教室へ行き、直広と同じように英会話を習い、広東語もやり始めた。
 広東語を習い始めた時、遼はかなり訝しんでいた。そして、仁和会には優秀な人間がたくさんいる、と遠回しに言われた。
 史人を彼のベッドへ寝かせる。仕切りだけではプライベートな部分を守れないから、と壁を作る計画があったが、史人も敦士も互いに気にならない、と言って断った。直広達がどんなふうに考えているのかは分からない。
 だが、史人と自分の間には、二人だけの絆があった。手前にある自分の部屋の電気をつけ、敦士はテレビを消しにいく。
「史人は帰ったのか?」
 下着とシャツだけの姿で、遼が出てきた。
「もう寝てる」
 金曜は遅くまで化学実習の授業があり、史人はその後、学部の友達と夕食を取り、日付が変わる間際に帰ってくる。敦士の言葉に遼は頷き、キッチンボードの下からウィスキーのボトルを取り出した。
「直パパも寝た?」
「あぁ。明日、事務所に顔出した後、敬司さんと会う約束がある」
「……俺は午後から、あやと買い物に行く」
 遼はローテーブルに置いてある、史人が買ってきたスナック菓子を手にした。
「あいつ、こういうの好きだな」
 苦笑して、遼は隣にあったチョコレートを取った。

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