on your mark番外編8 | ナノ





on your mark番外編8

 五年前、市村家の屋敷へ連れていった時、市村組を治める弘蔵は直広へ、「覚悟はあるのか?」と尋ねた。直広はひどく緊張していた様子だったが、小さな声で、「あります」と返答した。
「死ぬ覚悟とか、高岡さんと同じ道へ進む覚悟はないです。でも、どんな時でも高岡さんを信じる覚悟はあります」
 続いた言葉に、高岡の拳は震えた。集中治療室で、「信じている」と言われた時と同じだ。父親を一途に愛していた母親と同様に、高岡は直広を愛していた。
 黙祷を終えた直広を抱き締める。高岡は初めて両親のことを口にした。
「俺の両親は、マフィアに殺された」
 腕の中で、直広の体が強張っていく。
「二人に会えなかった。家も燃やされて、思い出も何もかも手元に残らなかった」
 風に吹かれた波が、足元まで迫る。高岡は海を見つめた。
「おまえが、海はつながってると教えてくれた時、俺は初めて両親の死を受け入れた気がした。二人に、許された気がしたんだ」
 高岡の頬に直広の手のひらが触れる。高岡はその手へ自らの手を重ねた。直広のにじんだ瞳は慈しみの光にあふれている。高岡は少し屈んで、彼の肩へ額を当てた。
「大事なものを作るのも、家を持って、そこへ帰るのも怖かった。また失ったら耐えられない。ずっとそう思ってた」
 直広の肩から顔を上げて、高岡は彼を見つめる。彼は臆病になっていた自分に、守るものがある強さを思い出させてくれた。信じる、と言ってくれた言葉は、高岡をいつも強くしてくれる。
「ありがとう」
 心の底から謝意を示したのは、日本へ来た時に助けてもらった弘蔵達へ頭を下げて以来だった。高岡は右頬を直広の左頬へ合わせ、くちびるで彼の耳へ触れる。ささやくように小さな声で、「俺を救ってくれて、ありがとう」と告白した。
 背中に回っていた直広の腕が動く。彼は高岡を力いっぱい抱き締めてきた。遼、と名前を呼ばれたが、それ以上の言葉は続かないらしい。それは高岡も一緒だった。寄せては返す波を見つめ、高岡はゆっくりと目を閉じる。
 両親の遺体が海に沈められたかどうかは分からない。だが、高岡は両親と直広の家族へ黙祷を捧げた。自分の手の中にある幸せを必ず守ると誓った。

 一時間ほど、海を眺めた。コートのポケットの中で、直広の手を握る。彼がこちらを見上げた。
「史人と敦士が独立したら、残りの人生は俺にくれる約束、覚えてるか?」
 頷いた直広に、高岡は笑みを向けた。
「敦士が二十歳になったら、引退する」
 引退、という言葉をうまく理解できなかったらしい直広が、かすかに口を開きかける。
「仁和会から抜ける。藤野や優が引き継ぐだろう」
 まだ開いているくちびるへ指先で触れた。直広は慌てて口を閉じたものの、すぐに歯を見せて、笑みを浮かべる。
「俺だけのものになるんですね」
「そうだ」
 小さく笑い声を立てた直広は、嬉しそうに頭を上腕部へ預けてくる。
「プーケットでもカンクンでもどこでもいい。プライベートビーチのある家を買って、二人で暮らそう」
 海が近い場所ならどこでもよかった。思いつきで言ったものの、口にすると、その気になる。気候の温暖なところで、直広に余暇を楽しむというぜい沢を与えたいと思った。
「俺達だけだから、明るいうちから気兼ねなく、セックスできるな」
 直広は嫌がるかと思ったが、彼は笑って、「そうですね」と返事をくれる。
「そうか。俺は本気だ。本当にビーチでするからな」
「はい」
 まだ笑っている直広を見て、冗談だと受け取っている、と思い、高岡は小さく息を吐く。
「遼」
 高岡の愛しいと思う瞳が、こちらを見つめる。
「約束したからには、長生きしてください。ケガも病気もダメですよ」
 直広の言葉に、高岡は頷き、瞳を閉じた彼へ、約束を守るためのキスをした。

番外編7 番外編9(約七年後・史人視点)

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