on your mark番外編5
「何で同じもの、食べてるのに、あーくんのほうが大きくなるの?」
レンジで温めたオムライスを並べてやる。史人はサラダにかかっていたラップをはがした。
「皆が同じ体質じゃないからな」
史人は体格が小さいことを気にしているが、五年ほどスイミング教室へ通っているため、均整の取れた体つきをしていた。まだ女の子に間違えられることも多く、髪を短くしたり、日焼けしたり、と努力しているらしい。
「大人になったら、遼パパみたいになりたい」
オムライスを頬張りながら、史人がこちらを見つめる。それは嬉しい話だが、史人には愛らしさがあった。直広とはまた異なるものの、持っている雰囲気は彼そのものだ。
高岡は昔のことを思い出した。直広を初めて抱いた日のことだ。明け方、起き出してきた史人がマスターベッドルームへ入ってきた。
「パパ!」
高岡は裸のまま、彼のことを抱えた。ベッドにはまだ直広が眠っていた。
「パパはまだ寝てるから、先に風呂へ入ろう」
バスルームでパジャマを脱がせてやり、一緒に風呂へ入った。史人は高岡の背中にある龍の刺青を見て、声を上げた。
「わぁ、どらごん? りょーはどらごん、やっつけたの?」
こたえる前に、「すごいね、あー、わかった、りょーはおーじなんだ」と言われた。
「王子?」
「あーもおーじ。パパ、たすけるの」
あまり話は分からなかったが、史人が、「りょーもパパ、たすける?」と聞いてきた。高岡は史人を抱え、湯船の中へ入る。
「あぁ。助ける。パパとおまえを守ってやる」
大きな瞳を輝かせた史人は、満面の笑みを見せてくれた。
「俺みたい、か。おまえ、昔、王子だって言ってたが、覚えてるか?」
オムライスを口へ入れたまま、何か話そうとして、史人はむせた。麦茶の入ったグラスを手に、「その話、忘れて」と苦しそうに言った。
「恥ずかしい。王子とか、恥ずかし過ぎる」
秋に九歳の誕生日を迎えたばかりの史人は、ふるふると首を横に振り、「忘れて」と繰り返した。そういうことを恥ずかしいと思う年頃なのか、と高岡は苦笑する。史人や敦士がいなければ分からないことだった。
友達の家へ遊びにいくと言う史人を見送り、高岡は家でだらだらと過ごした。メールの返事を書いてもいいと思ったものの、ソファに転がってテレビをつけると、そのまま目を閉じてしまう。
香港で家を失ってから、高岡はいつも誰かのところへ泊まり歩いた。それは日本に来てからも変わらず、市村家の一室をあてがわれても、一晩限りの相手のところやホテルで眠った。
一つのところを定めるのが怖かった。一つのところに大事なものすべてを置いていたら、一瞬ですべてを失ってしまう気がしていた。
「ただいま」
敦士の声が聞こえてくる。しばらくすると、直広がブランケットをかけ直してくれた。うっすら目を開ける。優しい笑みが見えた。
「夕飯の用意、しますね。あやは林君のところかな……」
「あぁ、そう言ってた」
「まだ横になっててください」
直広はそっと頭をなで、キッチンのほうへ向かう。
「遼パパ、あとで服、見てくれる?」
敦士の言葉に、高岡は起き上がった。敦士は直広に甘えるが、自分には甘えてこない。今すぐ購入してきた服を見せたいのに、眠っている自分を起こしたくないから、と気づかっている。
「敦士」
手招きをして、彼を呼び、隣へ座らせた。敦士は柏木に似ていないため、おそらく母親のほうへ似たのだろう。史人の持つ愛らしさはないが、変に我慢しようとしたり、遠慮したりすることろが愛しく、五年も一緒に暮らせば、史人も敦士も自分の息子だと思えた。
「どんな服だ?」
今、見ると伝えると、敦士は小さな笑みを浮かべ、紙袋を二つ、引きずるようにして持ってきた。 |