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 申し訳ない声で言うと、彼は苦笑した。
「いいよ。大橋、陸上部の大橋で思い出せる?」
 直広は、「あぁ」と声を上げて、大橋へほほ笑んだ。
「ハードル走の?」
「そう」
 十年以上経っているにもかかわらず、よく自分のことを覚えているな、と直広は感心した。中退する生徒はあまりいなかったから、逆に覚えているのかもしれない。大橋は直広の外見が変わっていないと驚いていた。
「立ち話じゃなくて、今度会えないか? 同窓会のたびに、おまえだけ連絡つかなくて、どうしてんだろうって言ってたんだ」
 直広は大橋に会って懐かしいと思った。だが、高校の時の友達に会いたいかと聞かれれば、首を横に振るだろう。話題が合いそうにない。
「携帯、持ってるだろ?」
 高岡からもらった携帯電話だ。幼稚園関係者を除いて、あとは仁和会関係者くらいしか連絡を取っていない。安易に番号を教えるのは控えたほうがよさそうだ。
「ごめん、携帯は持ってないんだ。今時、珍しいかもしれないけど」
 直広の言葉に大橋は落胆していた。
「そっか。じゃあ」
 そのまま去るのかと思っていたら、大橋は少し顔を近づけた。
「こんなことしたくないけど、仕方ないんだ。俺にも子どもがいる」
 先ほどとは異なり、急に切羽詰った様子の大橋に、直広は史人達を確認した。
「子どもには手出ししない。おまえだけでいい。乗ってきた車の助手席側に白いワンボックスがある。それに乗ってくれ」
「できない」
 直広が即答すると、大橋は直広の手へ触れた。
「頼む、おまえを乗せないと、俺の子どもが殺される」
 嘘をついているようには見えない。護衛の二人が近づいてきた。大橋が直広へ触れているからだ。
「失礼ですが、深田様とはどういうご関係でしょうか?」
 大橋は手を離す。
「あ、あの、高校の時の友達です。偶然、会って、ごめん……もう行かなきゃ」
 直広は背を向けて歩き出す。大橋は呼びとめなかった。駐車場へたどり着き、自分達の乗ってきた車の横に、白いワンボックスが停車しているのを確認する。直広は大橋の子どものことを考えた。
「パパ、おうちにかえったら、プリンたべてもいい?」
「いいよ」
 チャイルドシートに座らせた二人のシートベルトを締め、直広はドアを閉める。
「乗車するまでここにいます」
 護衛の一人が直広のうしろへ立っていた。直広が行かなければ、殺されてしまう子どもがいるかもしれない。今は家まで帰ったとしても、今度は史人や敦士を狙ってくるかもしれない。
 直広は運転席側のドアから後部座席へ乗り込み、シートベルトを手にした。直広が乗り込むのを確認してから、外にいた護衛が助手席へ乗る。その瞬間、直広は助手席側のドアを開けて、外へ出た。白いワンボックスのドアは開いている。中へ乗り込んだ瞬間、急発進され、直広は後部座席の中で頭を打った。
「……深田、ありがとう。ごめんな」
 大橋は直広の腕に注射針をつき立て、中の薬液を注入する。
「な、何、これ」
「睡眠薬」
 嘘つきだな、と大橋の声が遠くで響く。彼の手には直広の携帯電話があった。彼はそれを窓から放り投げる。
「ど、ど……」
 どこへ行くのか聞こうとした。直広の体は大橋へと傾いていく。
「遠くだ。本当にごめんな」
 直広は家に帰った時、誰かが史人と敦士にプリンを与えてくれるといいな、と思った。

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