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 直広がテーブルの上へ並んだロールパンとサラダを食べず、冷蔵庫からヨーグルトを取り出すところを確認して、高岡は苦笑した。
「二日酔いか?」
 直広は、「そうかもしれません」と返事をした。ワイン二杯だけだったが、飲むペースはいつもより早かった。
「二時に柏木が子どもを連れてくるんだが、予定、変更するか?」
 首を横に振った直広は、高岡へ笑みを見せる。
「史人にはもう話しましたか? きっと大喜びですよ」
「おまえは?」
 ヨーグルトのカップへスプーンを入れたまま、直広は高岡を見上げた。
「おまえの負担になるなら、ここで預からない」
 直広はその言葉にほほ笑む。
「嬉しいです。昨日、聞きそびれましたけど、お子さんの名前、何ていうんですか?」
 負担になるとは思っていない。昨日は史人や高岡のためなら、と考えていたが、直広自身、子ども好きで世話をすることを面倒だと思うタイプではない。
「柏木敦士(アツシ)だ。史人は今年四歳か?」
「はい」
「なら、一歳下だ。来年、史人と同じ幼稚園へ入れるか……」
 高岡はスプーンを引き上げて、直広の口元へ差し出す。史人がこちらを見ていた。直広は恥ずかしいと思ったが、小鳥のようにスプーンをついばむ。高岡は笑い、頬にキスをしてきた。
「高岡さんっ」
 今までは史人の前でキスなどしなかった。史人はソファからこちらへ駆けてきて、「パパ、あーもヨー、たべる」と服の裾を引っ張る。高岡がイチゴ味のヨーグルトを取り出し、ふたを開けた。彼はしゃがんで、スプーンを入れてから、史人へ渡す。
「あーん」
 史人はヨーグルトを受け取らず、口を大きく開けた。高岡はすぐに理解したらしく、史人の口へスプーンを入れてやる。史人はヨーグルトを食べながら、左頬を高岡へ向けた。
「りょう、あーにも」
 直広が史人の行動を理解して赤くなった時には、高岡はすでに史人の左頬へキスをしていた。史人は最近、大人の真似をしたがる。以前は言葉も表情も少なかったのに、この半年ほどで驚くほど情緒が豊かになった。
 史人は高岡へスプーンを差し出し、高岡がそれをくわえると、彼の頬にキスを返す。ちゅっと音が鳴り、史人は笑い出した。高岡はヨーグルトのカップを取り上げ、史人の腹をくすぐる。
「誘い方がおまえに似てる。将来が怖いな」
 高岡はくすぐりの刑から逃れた史人を追いかけず、立ち上がってから直広にそう言った。どう返していいか分からず、直広は木製の椅子を引き、テーブルへ体を突っ伏した。

 柏木は下っ端だと聞いていたが、きちんとスーツを着て、菓子折りを持ってきていた。三歳になったばかりだという息子、敦士は史人の時より小さく、表情も暗かった。
 弟ができる、と話を聞いてから興奮状態だった史人は、敦士の手を引いて、ソファの前におもちゃをばら撒いた。史人は敦士の手におもちゃを持たせて、話しかけている。
「本当にここまで迷惑をかけてしまうことになって、申し訳ありません」
 突然、椅子から床へ移動し、土下座した柏木に、直広は慌てた。だが、高岡は座ったまま、「今回だけは許す」と伝えた。
「直広と史人へ感謝しろ」
 直広は柏木の視線に首を横に振る。
「え、あの、面倒はちゃんと見ます。でも、時々、敦士君に会いにきてくださいね」
 敦士は戸籍をそのままにしているものの、実質は今日からここに住み、直広が育てることになる。一時的に預かるという話だったが、高岡が柏木と小声で話していた会話から、何らかのやり取りがあったようだった。
「敦士君が会いたいって言ったら、ちゃんと会えますよね?」
 柏木は三十分ほどで帰っていった。もっと別れを惜しむのかと思ったが、彼は敦士を胸に抱くことなく、頭をなでることもなく、高岡と直広に頭を下げて出ていった。
「あぁ、うちの組織にいる限りは」
 ひどく冷たい言い方に聞こえ、直広は高岡を見上げた。
「世の中の父親が、皆、おまえみたいだったら、子どもは幸せだろうな」
 彼は直広の頭を軽くなでて、リビングダイニングで遊んでいる史人達へ加わった。

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