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 夕飯はトンカツにした。キャベツの千切りとヒジキの煮物を足せば、大きな木製のテーブルは埋まっていく。味噌汁には史人の好きなホウレンソウを入れた。高岡がいる時は、食事中も彼が史人を見てくれる。
「箸の使い方もうまくなったな。幼稚園で習うのか?」
「うん! こんど、おべんとうなんだよ。パパがつくってくれるの」
 確認するようにこちらを見た史人に笑いかける。
「お弁当についてるのはフォークだよ」
「うん」
 うまくなったと言っても、史人はまだ正しい持ち方にはなっていない。幼稚園では子ども用の矯正箸を用意して教えているようだが、家でも同じように練習を始めたほうがよさそうだ。
「直広」
 子ども用の矯正箸は可愛いデザインのものが多い。想像して食事をする手をとめていると、高岡が呼びかけた。
「おまえまで手をとめて、どうした?」
「子ども用の矯正箸は、動物とかがこの上のところについてて可愛いんです」
 高岡は口元を緩める。
「そうか。史人は俺が入れるから、おまえは後でゆっくり入れ」
「ありがとうございます」
 風呂をわかそうと立ち上がる前に、高岡が、「先に食べろ」と言った。少し冷めたトンカツにソースをつけて頬張る。豚肉も油もパン粉も質のいいものだ。二、三切れ食べて満足した直広は、先に食べ終わっていた二人の食器も一緒に片づけた。
「ごちそうさま」
 高岡の言葉を追うように、史人も真似する。キッチンにはビルトインタイプの食洗機があるものの、手で洗ったほうが早いと思い、直広はいつも手洗いしている。ソファへ移動した二人がテレビを見ながら遊んでいる間に洗い物を済ませ、風呂をわかした。
 幸せだと思う。この生活を手放すなんてできるだろうか。せめて史人には、金に困らないような生活をさせたい。今の幼稚園でせっかく友達になった子ども達と別れさせるのもかわいそうだ。
 だが、史人の面倒を見ている高岡の様子を見る限り、彼が史人まで捨てるようには思えない。もしもの時は、どんな条件でも飲むから、史人だけには援助を続けてもらえないか頼んでみよう、と直広は考えた。

 史人を寝かしつけてくれた高岡に聞いて、直広は赤ワインをローテーブルへ準備していた。直広自身も風呂へ入り、彼と同じく楽な服装へ着替えている。自分の存在だけが浮いているように感じて、直広は小さく笑った。
 キッチンボードの下から、弁当箱を取り出す。史人も楽しみにしている。にやついてしまう自分に苦笑して視線を上げると、高岡が目の前に立っていた。彼はしゃがんで、直広が並べている弁当箱の一つを手に取る。
「俺達の時より種類も増えて、可愛いのが多くなったな」
 直広は弁当箱を開けて、中身を確認している高岡へ、自分の弁当箱にまつわる話を聞かせた。どうして話そうと思ったのか分からない。聞き終えた彼は、ただ笑みを浮かべて、直広の頭をなでた。
「おまえはいつも史人のことばっかりだな」
 責める口調ではない。むしろ、感心している響きだ。
「たまには自分だけのこと考えろ。わがままになれよ」
 差し伸べられた手を取ると、高岡に引っ張られる。直広は手を引かれ、ソファへと座った。
「それで、敬司さん、何か言ってたか?」
 乾杯した後の言葉に、直広はしばらく沈黙する。
「あの、落ち着いたら顔を出せって、言ってました。でも、その後、高岡さんは……」
 正直に話すべきだと思い、直広は息を吸い込む。
「俺が関わることを望んでいないって、もう少し話し合えって言ってから、帰りました」
 隣り合って座っているため、彼が手を伸ばせば、直広はすぐにとらわれる。彼は直広の髪へ触れ、指先でくちびるをなでた。

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