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 史人は幼稚園を三日間休んだ。三日目は金曜日で週末をはさむため、史人は行くと言って聞かなかったが、直広は何とか説得した。床に座り、クレヨンを使って絵を描いている史人へジュースを運ぶ。
「パパ、おべんとうのひは?」
 史人はらくがき帳からはみ出しそうな勢いで色を塗っていた。
「今日は土曜だから、あと二回寝たら、お弁当を持っていく日だよ」
 直広は史人の手元をのぞき込む。緑のクレヨンを持っているから、てっきり木を描いていると思っていた。
「それ、ドラゴン?」
「うん。りょうの」
「高岡さんの……」
 史人はローテーブルに置かれたジュースをストローから吸い上げる。以前にも聞いた、と記憶をたどっていると、インターホンの音が響いた。高岡はカードキーを持っている。直広はモニターを確認した。
 エントランスにいるのだと思い込んでいたが、モニターに映った相手はすでに上がってきている。今は玄関扉の向こうにいる状態だ。危険な人物は外にいる仁和会の人間が引き止めるため、直広は扉越しの人物は仁和会の関係者だと判断した。
 直広が何のためらいもなく、扉を開けたら、外に立っていた男は、「無用心だな」と言った。
「誰か確認もせずに開けるのか?」
 男の態度や話し方で、やはり仁和会の人間だと確信する。直広は男を見上げて、「あ、すみません、どなたですか?」と尋ねた。男はこちらを凝視してから、盛大に腹を抱えた。
「今さら過ぎるだろ」
「あ、そうですね。すみません。あの……」
 直広が中へ促す前に、男は中へと入っていく。彼は靴を脱ぎ、間取りを知っている足取りでリビングダイニングのソファのほうへ向かった。
「おじさん、だれ?」
 男は史人が物怖じせずに尋ねたことを快く思ったのか、笑みを浮かべて、彼の頭をなでた。
「市村敬司だ。おまえは?」
「ふかたあやと、です」
 幼稚園で習ったのか、史人は小さく頭を下げる。仕草が可愛らしくて、直広は思わずほほ笑んだ。
「じゃあ、おまえが直広か」
 市村はソファへ腰を下ろし、直広を見た。
「貴雄もそうだったが、何で皆、会わせてくれないんだろうな……まぁ、いいか。バランタインを水割りにしてくれ」
 足を組み直した市村は、史人が描いた絵を見て、彼へ話しかける。
「遼か?」
「うん。こっちがパパ、こっちがあーだよ。それと」
 幼稚園の友達の名前を並べ、史人は市村へ説明を始める。直広はバランタインがどれか分からず、適当に一つを選んだ。水割りの方法もよく知らないため、ロックグラスに氷を入れて、最後に水を足す。
 市村は礼を言って受け取ったが、一口飲んで苦笑した。
「おまえ、これはブラントンだ。しかも……水割りしたことないのか?」
 ロックグラスへ視線を落とした彼は、直広へグラスを差し出す。飲んでみろ、ということらしいが、直広にはどのウィスキーも同じ味だった。
「あの、俺、水割りは……」
「遼に水割り、作ったことないのか?」
「あ、はい、あの、高岡さんは、自分で作ってます」
 グラスを受け取らない直広に気づき、市村はローテーブルへ置いた。
「悪いが、これは飲めない。ブラントンがあるなら、それでいいから、ボトルごと持ってこい。新しいグラスも」
 直広が言われた通りのものを持っていくと、市村はストレートで飲み始めた。
「高岡さんは何時頃、来るのか分からないんですけど、一緒に晩ごはん、食べていきますか?」
 確認はしていないものの、市村は間違いなく市村組の人間だろう。彼は高岡に会いにきたのだと思った。少しずつ飲み進めているウィスキーを置き、彼がこちらを見つめてくる。

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