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「風邪だったのか?」
 史人の髪をなでて、少しだけ扉を閉めた高岡が、小さな声で確認した。病院では熱が下がるまでは安静に、と言われ、風邪薬を処方されただけだった。
 風邪ではないかもしれないという不安から、直広は待ち時間の間に、高岡へ電話してしまった。留守番電話に切り替わり、史人が高熱を出していると吹き込んだ。彼は忙しかったようだが、その伝言を聞いて、平日は絶対に来ない時間に来てくれた。
 冷静になってみると、馬鹿なことをしたと思う。高岡は仕事をしている。自分達の関係は恋人でもなく、友人ですらない。それなのに、まるで彼も史人の親みたいに扱い、たかが風邪くらいで電話した。
「ごめ……ごめんなさい……」
 直広は自分の手で口を押さえた。大粒の涙があふれていく。高岡は直広がどうして泣いているのか分からないといった表情で、こちらを見下ろしている。
「こ、こわくて、あや、今まで、あんな熱、出したことないし、けさ、げんきだったのに、おれ、っと、ちゃんと、みてないのかなって、こんな、じかん、あるのに、しごとも、してないのにっ、あやとがいなかったら、おれ、いきてけない、のに、なんで……」
 健史の時もそうだった、と続けた。自分が彼の話を聞いてやらなかったから、彼はきっと一人で苦しんでいた。その結果が借金となり、あの最期となった。母親の時もそうだ。気づいていたのに、病院へ行くよう言えなかった。史人は朝から調子が悪かったのかもしれない。だが、それを言えなかった。自分が言わせなかったに違いない。
「直広」
 直広は涙をとめることができず、子どものように泣きじゃくった。高岡が両腕を回して抱き締めてくれる。
「電話をかけてきたことを責めてるわけじゃない。責めるとすれば、タクシーを呼ぶべきだったと言えるくらいだな。おまえ達が病院へ向かったのは知っていた。藤野から聞いてるだろう。最低二人、つけてる。そいつらから連絡があるから、おまえ達がどこで何をしているかは把握してる」
 嗚咽を上げる直広の背中を、高岡は優しくなでた。
「……弟や母親のことは、俺には何とも言えない。だが、史人のことは知ってる。史人は幼稚園に行きたいから黙っていたんだ」
 分かるだろう、と言われて、直広は頷く。
「家にいるのは苦痛か? 自分が役に立たない人間だと思うのか?」
 その言葉にも頷く。高岡は小さく息を吐いた。
「一ヶ月程度で片づくと言ったが、あれは本当だ。マル暴のほうも、手出しできないようにした」
 続きの言葉が出てくるまで、直広は高岡を見つめた。だから、出ていってもいいと言われるのだと思った。
「だが、俺の目の届く範囲にいてくれ」
 高岡の指先が目の下から頬をたどる。慈しむように見つめられ、直広は嗚咽をとめた。
「まだ吐いてるだろ。おまえが安心して眠れるように、その原因を消す」
 優しい目つきが険しくなる。端整な顔に冷たい笑みが浮かんだ。
「け、けすって、殺すんですか?」
「そうだと言ったら、俺を恐れるか?」
 直広は首を横に振る。
「高岡さんは怖くないです。俺に優しくしてくれるから。でも」
 拳を握った直広は、新しい涙を拭った。
「俺を買った人達を殺しても、俺の記憶は消えない。それに、俺は、あの時、まちがったこと、したって、思ってないです。もし、やり直せるとして、でも、俺は、史人を守るためなら、同じ選択をします。俺は」
 乗り越えたい、とかすれた声で言った。そのためには、高岡が必要だった。彼は直広の場所を作ってくれる。今も、彼の二本の腕は直広を抱き締めてくれた。その腕が自分のためだけにあると思うと、胸が締めつけられる。
 高岡のくちびるが額に触れ、頬へキスを落とした。
「おまえは……」
 高岡は言いかけた言葉をとめ、胸ポケットに入っていた携帯電話を取り出す。相手を確認し、通話ボタンを押した後、「三十分、待て」と告げて、すぐに切った。彼は直広の腕を引き、服を脱がせていく。あらわになった肩から、彼は噛みつくようにして、愛撫を始めた。
「ア、あっ、いたっ」
 強く吸われた部分に痛みを感じ、思わず声に出したが、高岡の瞳に見つめられると、それすら喜びに変わった。彼はいつものように左手で右手を握ってくれる。ゆっくりと壁際へ押され、そのままペニスへ触れられた。上半身はくちびると舌で愛撫を受け、下半身は彼の右手が直接的な刺激を与えてくる。

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