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 食器同士が触れ合うような音を聞いた。すぐそばで、史人の笑い声が聞こえる。
「とまと、すき。これもすき」
「クロワッサンだ」
「くろあ、あ、パパ、おこる?」
 史人は口の中に何か入れながら話している。
「どうして?」
「おふとんのうえ、だめなんだよ」
 高岡の笑い声が聞こえる。低く、優しい音だ。
「史人は行儀のいい子だな。直広か俺が一緒の時は、ベッドの上で食べても構わない」
 直広が目を開けると、ベッドの上にトレイを並べ、食事をしている二人がいた。史人はクロワッサンからはみ出ているトマトを手でつかみ、口へ運んでいる。
「あ、パパ!」
 直広が起きたと気づいた史人は、手にしていたトマトを落とした。トレイの皿の上へ落ちたトマトに、ほっとしたのは一瞬で、史人は濡れた手をベッドにつこうとした。高岡がペーパーナプキンで彼の手を拭ってくれる。起き上がろうとして、直広は腰を押さえた。
「パパ、いたいの?」
 手を拭いてもらった史人は、歩きにくいベッドの上をよたよたと進んでくる。
「大丈夫。ちょっと……」
 激しく動きすぎたせいか、直広は全身、筋肉痛のような感覚だった。
「あのね、りょーがごはん、つくった」
 ゆっくりと上半身を起こし、トレイを見る。クロワッサンのサンドウィッチが朝食のようだ。
「おはようございます。すみません、本当は俺がするべきなのに」
 昨晩のこともあり、直広は高岡を見ずに言った。彼は口を動かしていたが、食べ終わると、史人と同じように直広のそばへ寄ってくる。ベッドは大きくて広いのに、一ヶ所に集まりすぎだと思った。
 高岡は隣へ寄り、直広の額へ手を当てる。高岡と史人は二人でシャワーを浴びたのか、同じ香りがした。
「食欲は?」
「あ、はい。食べます」
 ベッドから下りた高岡は、トレイを持って出ていく。直広は毛布越しのひざの上へ座った史人の髪をなでた。
「高岡さんとお風呂、入ったの?」
「うん! あー、ねたから、あさ、はみがきもした」
「えらいね。今日は寝る前にも歯磨きしようね」
「はーい」
 史人はトレイが置いてあるところまで戻ろうとして、こちらを振り返った。
「あや?」
 彼は満面の笑みを浮かべて、直広のそばへ戻ってくる。直広の右肩を握り、耳元で、「あのね」と言った。
「内緒話?」
 直広は小さく笑う。よく聞こえるように、史人のほうへ体を傾けた。
「りょーは、おーじだよ」
 いつもなら笑って否定する。だが、高岡と寝た直広は、史人が暗にそのことを感じ取って言っているのではないかと焦った。
「……どうして、そう思うの?」
 史人は笑みを崩さず、自信たっぷりにこたえる。
「あーね、みたの。りょー、どらごんをやっつけたんだ、ぜったい、そうだよ。あー、てれびでみたもん」
 少し興奮気味に言った史人は、自分の確信を話せて満足したのか、クロワッサンサンドを食べに戻る。テレビの影響か、と直広は深く考えなかった。
 高岡が新しいクロワッサンサンドとオレンジジュースを運んでくる。
「ありがとうございます」
 直広はひざの上にあるトレイからオレンジジュースを取った。高岡は史人の食事を手伝い始める。彼が時おり、こちらを見つめていることには気づいていた。どんな表情を見せればいいのか、分からない。
「直広」
 名前を呼ばれたら、視線を合わせないわけにはいかない。整った顔だちの高岡は、特に何の感情も見せず、「土曜の夜は空けておけ」と言った。
「……はい」
 土曜の夜、彼は自分を抱きにくるだろう。それこそが史人のために、直広自ら望んだことだ。直広は想像の中で、高岡へ話しかける。
「いつでも空いてます。することもないし、したいと思うこともない」
 からっぽなんだ、と思うと、直広は泣きそうになった。

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