熱
あの角を曲がると、すぐに目に入るだろう彼の姿。
待つことが嫌いな彼のことだから、いつもより少しだけ遅い俺にイライラして、そしてすごく…心配しているのだろう。
待つことにイライラして…、でもいつも待ち合わせ時間より早く来る俺がまだ来ないことにすごく心配して……
そんな彼の姿が容易に想像できる。
何でも走って行動する彼のことだから、『待つ』ということが苦手で、『待たされる』ことが嫌いで。
だから待ち合わせ時間にも煩いなんて思われているみたいだけど、本当はそうじゃない。
彼は、とても優しい人だから。
とても、とても優しい人だから。
相手が待ち合わせ時間通りに来ないと、すぐに何かあったんじゃないかと心配するような心優しい彼。
来る途中に何かあったのか、事故にでも巻き込まれたか、とあり得ないと分かっているのに相手の姿を確認するまでハラハラしている。
『待たされる』ことにイライラしているわけじゃない。
心配しすぎて、不安になっているだけ。
「…謙也、お待たせ」
俺の掛け声に勢いよく振り向いた謙也の顔は少し泣きそうだった。
でも俺を認めた瞬間それは安堵の表情に変わる。
(…本人は気付いていないだろうけれど)
それを知っているからいつもは待たせないように早く行くようにしてるのだけど、今日だけは違った。
「白石!遅れるなら遅れるでメールかなんか……って、どないしたん。その格好…」
…安堵し、文句を言おうとした謙也だが俺の格好に目を丸くする。
それはそうだろう。
(俺だってこんな格好悪い姿で、彼の前に出たくなんかなかった)
制服にマフラーだけな謙也と違い、今日の俺の格好は、口元を覆う大きなマスク。
制服の上から着込んだ厚手のコートにマフラー。手袋も完璧。
完璧な真冬の装備。着込んでいるせいか、コートの上からでももこもこしているのが分かる。
確かに秋から冬へと移り変わっているせいで、朝夕は冷え込むけれどここまで着込むほどじゃない。
周囲を見ても、謙也と似た格好かセーターを着込んでいるかだ。
俺のように着込んでるやつなんていやしない。
「……風邪引いた」
ぼそっと呟くように言うと、謙也が心配そうに体調を気遣ってくれる。
「だから遅かったんか…。お前、しんどいんやったら無理せんと休まな」
「いや、熱はないねん。ただ、風邪の引き初めみたいでだるくて…。悪化せんように着込んでんねんけど…」
普段、健康健康と言っている俺が風邪を引いたなんて恥ずかしくて(しかもこんな冬本番になる前に!)
こんなに着込んでるのも格好悪くて。
謙也には見せたくないし、風邪もうつすわけにはいかないから今日は休もうかとさえ考えてたのに…
(ギリギリまで何度も迷って、何度もメールを送信しようか迷った)
……でも、やっぱり謙也に会いたかった。
しんどくたって何だって、謙也に会えば元気になれる気がしたから。
熱もないし、今日1日暖かくして大人しく過ごせば明日には治っているだろう。
謙也を視界に移すだけで、ただそれだけのことがこんなにも幸せで、俺の活力なんだと感じる。
遅刻する前に早く行こうと促そうとしたところで、気が付くと謙也の真剣な顔が目と鼻の先まで近づいていた。
そのまま前髪をかきわけて、謙也の手が俺の額にぴたっと貼りつく。
少し顔を上げると、唇が重なってしまうんじゃないかと思うその位置で、謙也が真剣な顔で俺を覗きこんでいる。
「…うーん、確かに熱はないみたいやけど……、無理すんなや。しんどなったらすぐに言うねんで。……って熱っ!
急に熱上がってきたんちゃうか!熱いで!!お前やっぱり休め!」
誰のせいで熱が上がってきたと思ってるんだ!
……なんて言ってやりたいけど言えないし、鈍い謙也が分かってくれるとは思えない。
「………謙也が治してくれたらえぇねん」
「医者の息子はただの息子やっちゅーねん。それこそおとんに頼め」
20101125