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高校に入ると、考えていた以上に忙しい毎日が俺を待ちうけていた。
新しい環境、新しい友達、部活、勉強…
できるだけ光に電話すると約束していたけれど、こちらから電話をする時間もあまり取れず、光からの電話でさえ満足に話す時間も取れなかった。
せめて休日はと思うものの、俺も光も休日返上で部活がある。
会うことも、電話すらできない日々が続き、やっと落ち着いて話すことができるようになったのは、初夏を幾分過ぎた頃だった。

「…光、ごめんな。電話もあんまりできんと…。部活やら何やらで忙しくて…。ちょっと落ち着いたから、これからはもっと電話するな」

「……ほんまに?忙しかったんは、ほんまに部活のせい?…浮気、してたんやなくて?」

「ちょっ…何言うてんねん!浮気なんてするわけないやろ!?あんまりアホなこと言うと本気で怒るで」

「……ごめん。なぁ…謙也さん、俺だけや…って。愛してるって言うて…?…そうやないと、俺…」

電話での会話だったので、光がどんな顔をしていたのか分からない。
でも求められるままに、そう言うと光が安心したように息を吐いたのが分かった。

それからだ。光が会う度に、電話の度にその言葉を強請るようになったのは……

いくら忙しかったからとはいえ、今まであまり話せなかった罪悪感もあり、俺は求められるままに何度もその言葉を口にした。
これぐらいで、光の不安が解消されるなら…と思ってのことだった。
俺が光に愛していると告げる度に、光は嬉しそうに笑ってくれて、その笑顔を見るだけで俺も幸せだった。

光の要求は日に日にエスカレートしていく。
毎日必ず、俺に電話をしてくるようになった。
そして、電話で必ずいつものように言葉を強請るのだ。
たまに俺がすぐに電話に出れなかったりすると、電話に出た途端、今どこに居るのかと、側に誰かいるんじゃないかとしつこく尋ねられる。
お風呂に入って電話に出れなかったりすると、家に電話をかけてきたこともあった。

たまたま家族で家を留守にし、携帯の充電が切れた時があった。
戻ったら何て光に言おうかと考えながら自宅に戻ると、家の前で誰かが立っているのが目に入った。
光だ。憔悴しきった顔で、家の前に立ち竦んでいる。

「光…?」

声をかけるなり、パッと振り向き、側にいる家族に目もくれず走って俺を抱きしめる。

「…携帯、電話しても通じへんし、家の電話掛けても誰もでぇへんし、どうしたんかと思った…」

「…ごめん、家族でちょっとご飯食べに行っててん…、携帯の充電も切れて…」

「…めっちゃ不安やった……、俺な、ほんまに謙也さんがおらへんかったらどうしていいか分からへん」

このことがあってから、俺は出かける時は必ず行き先を告げるようにし、行く時と戻った時に必ず光に連絡するようになった。
光から言われたわけじゃない。ただ、俺がそうしなければ、と思っただけだ。

そんな毎日が当たり前のように続く。
土日の部活でさえ、光に必ず連絡をいれるようになった。
連絡を忘れても光は決して怒ったりしない。
ただ、俺を心配して心配して、俺に捨てられるんじゃないかと不安になるだけだ。
そんな顔をさせたいわけじゃない。
俺が光を愛していることを、離れたりしないことを信じてほしいだけだ。
こんなことぐらいで光が安心してくれるなら、苦にはならなかった。


光が中学を卒業し、俺と同じ高校に入学してからもそれが変わることはなかった。
むしろ、今まで以上に俺を束縛するようになった。
中学の時と同じように毎日の送り迎えに始まり、昼食も必ず一緒に取る。
それでも、俺が誰かと話すところを見るだけで不安になるらしく、光が見ている前では誰とも話さず、光だけを見るようにする。
そして、光はそんな俺に満足そうに笑うんだ。


この時にはもうすでに間違えていたのだろう、光も――俺も……



冬休みに入り、光が一人暮らしをすることになった。
ご両親が海外へと転勤になり、お兄さんも一人立ちしているため、一人暮らしをすることになったらしい。
引越しが終わり、初めて光のマンションへと招かれる。
2人で一緒に昼食を作り、食べ終わったところまでは覚えているが、気がつけば、ベッドの上に寝かされていた。
途中で寝てしまったのかと思い、慌てて起き上ると足首から金属がこすれ合うような音がする。
不思議に思い、目を向けたその瞬間、頭上から声を掛けられた。
そちらに目をやると、光が立ったまま、幸せそうに俺を見つめている。

「目、覚めました…?薬の量、少なくしたつもりやってんけど、なかなか目覚めへんから、少し焦りました」

そういって、俺がいるベッドへと腰掛け、愛おしそうに俺の髪を撫でる。

「なぁ…謙也さん、謙也さんは俺だけ見てればいいねん。
 俺だけ見て、俺の名前だけ呼んでればいい。
 だって俺ら恋人同士やろ?そしたらそれは当たり前のことやんな?
 俺の側には謙也さんさえいてればいいし、謙也さんの側には俺だけいてたらそれでいい。
 他に誰も必要ない。
 謙也さんは、俺だけ見て俺だけ呼んで俺のことだけ思えばいい」


そうして話は、最初に戻る。


「なぁ…謙也さん。謙也さんが愛してるのは誰…?」

「ひか…る…」

「ちゃんと言って」

「光、を…愛してる…」

「そうやな、俺やな。謙也さんが愛してるのは俺だけしかおらんやんな」

首に手を掛けたまま、何度も何度も唇を重ねてくる。
そして俺は、抗いもせずにそれを受け入れる。

「あほやなぁ…、こんなことせんでも俺には光しか見えてないのに…」

「でも、外やったら他の奴が視界に入るでしょ。でもここなら…謙也さんの視界には俺しか入らへん。謙也さんの世界には俺しかおれへん。謙也さんが考えるのは俺のことだけで十分や」

そう言って、愛おしそうに俺を抱きしめる。

「…この家、誰にも知らせてないんですわ。親にも学校にも…。一人暮らし用の届は別のマンションの住所で出してるし、ここを知ってるのは俺と謙也さんだけや。ここなら、誰にも邪魔されずに謙也さんと一緒にいられる」


足首には鎖。
それはベッドヘッドへと繋がれていて、壊すことも外すことも許されない。

そして俺もそれを望んでいない。

むしろ、これからは光しか見なくていいと思うと幸せすら感じていた。


どこかで間違ってしまったのだ、俺も光も…
どちらが先に間違ったのか、どこで間違えてしまったのか…
そんなことはどうでもいい。
元に戻ってやり直そうとも思わない。


「謙也さん、愛してます。もう絶対に離さへん」



20100719

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