「なぁ…謙也さん。謙也さんが愛してるのは誰…?」
「ひか…る…」
「ちゃんと言って」
「光、を…愛してる…」
「そうやな、俺やな。謙也さんが愛してるのは俺だけしかおらんやんな」
俺を追いつめ、嬉しそうに俺に向かって手を伸ばす彼――…
確かめるように、両手で俺に触れ、輪郭を丁寧になぞっていく。
その長くて細い、綺麗な指が確かめるように俺のパーツの一つ一つに触れていく。
額、目、鼻、頬…と、上から下へと順番に降りていくその指。
唇にそっと触れた後、終わることなくその手が首へとかけられる。
追いつめられているというのに、この状況に全く恐怖を感じない。
俺に触れるその手には愛しさが籠められていて、俺を見つめるその眼差しにも溢れんばかりの愛情が感じられる。
光は俺を愛してくれている。
――なのに、一体どこで間違ってしまったんだろうか…
You restrain me.
光との出会いは中学生の時まで遡る。
そう、あれは2年に上がってすぐの初夏だった。
ある日練習中に部長に呼ばれ、部室に向かうとそこには顧問のオサムちゃん、男子テニス部部長の白石、――そして「彼」がいた。
今度の大会の男女混合ダブルスで彼とペアを組むことになったらしい。
黒くツンとした髪、両耳に合わせて5つも開けられたピアス、中学1年だということを考慮しても標準より少し低い身長。
顔立ちはとても整っているけれども、その顔には笑みの一つもない。
「財前光っすわ」
これから一緒にペアを組んでやっていくというのに、宜しくお願いしますという挨拶もない。ただ名前を告げただけの自己紹介。
それが彼、財前光との出会いだった。
口を開くと生意気な言葉ばかり。愛想も全くない。
それでも彼が気になった。一人でいる所を見つけては、一緒にいるようにした。
勿論、ダブルスのパートナーとして、というのもあったが彼が気になって仕方なかった。
そんな俺に、最初は文句を言っていた光も、次第に俺を受け入れてくれるようになった。
そうして一緒に過ごすことが当たり前になっていく。
気付けば、夏の終わりにはお互いが特別な存在になっていた。
光は生意気そうな言動や見かけとは裏腹にとても優しい。そして、とても愛情深い。
俺がそう言うと決まって、「そんなん謙也さんが相手やからっすわ」なんて言われるけどそんなことはない。
一度受け入れた人間に対しては、見放すことなく接し続ける。
同じテニス部の部員しかり、俺にしかり…
ただ受け入れるまでは、なかなか心を開いてくれないので冷たく見えたりするだけだ。
俺たちは幸せだった。
光と一緒なら毎日が楽しかった。
朝は光が迎えに来てくれて、昼は2人で一緒にお弁当を食べて、部活が終われば一緒に帰って…
休日は2人で色々なところに遊びに行ったし、会えない時は電話で喋り合った。
それから1年が過ぎ、2年が過ぎ…俺たちは別れることなくずっと一緒にいた。
これからもこの幸せが続くものだと疑うことはなかった。
―――いつ、間違えてしまったんだろうか。
「謙也さん…浪人してくれれば良かったのに…。そうすれば俺と同じ学年で一緒に高校も通えたのに」
中学卒業が間近に迫ったある日。
光がぽつりと呟いた。
最初は冗談だと思っていた。
もしくは、環境が変わることに対しての不安感。
でも俺は、新しく環境が変わることに対しての期待しかなかった。
自分のことで精一杯で、光の不安を真面目に受け取っていなかった。
「あほか。大学ならともかく高校で浪人するわけにいかんやろ」
「……春から謙也さんがおらんくなるなんて、寂しい。謙也さんと1年も離れるなんて耐えられへん」
「俺も光が側におらんくて寂しいけど…でも会いたいと思えばいつでも会えるところにおるんやし。できるだけ電話もするから…な?」
そう笑って言うと、光に抱きしめられた。
「…そう。そうやな…会えなくなるわけやない。……謙也さん、愛してる。…愛してるから、離れんといてな。謙也さんが離れたら…俺、どうしていいか分からへん」
「離れへんよ。ずっと光と一緒におるで」
光に抱きしめられているので、彼がどんな顔をしているか分からない。
俺は笑って、宥めるように光の背に腕を回し、抱きしめ返した。――この時、もう少し真面目に考えていれば、間違えることもなかったのだろうか。
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20100719