薄暗い廊下をひたすらに走っていく。
どこに行くかも考えられずに、ただ思い浮かぶのは先ほどの白石の傷ついた表情だけだった。
今度こそ、本当に白石に嫌われてしまった。
今まで、どんな言葉を投げつけても怒りもしなかった白石が、傷ついた顔をしていた。
嫌われはしないでも、絶対に呆れているに違いない…
呆れて…そして、俺と付き合っていたことを後悔するに決まってる。
好きだとも言わない、恋人らしいことも何もできない、口を開けば憎まれ口ばかり…
そして、思わず呟いてしまった付き合わない方が良かったというあの言葉。
こんな面倒くさいやつと付き合い続けたいと思うわけがない…

白石と別れる…

その言葉に、絶望が胸を支配する。
白石と別れるということが現実として迫ってくる。
気付けば、走りながら泣いてしまっていた。
止めようと思うのに、涙が溢れ出て仕方がない。
零れ落ちる涙で前が見えなくなって、思わず走っていた足を止めてしまう。

「…ふっ……ひっ、く……しら、いし……しらいしぃ…」

もうこれ以上一歩も動けない。
そのままずるずるとその場にしゃがみ込み、腕に顔を埋めたまま泣き続けた。
付き合わない方が良かったと言った。友達のままの方が良かったとも言った。
考えはしたけれど、実際そうなってみるとこんなに苦しくて辛いものだと思わなかった。
あれだって決して本心なんかじゃない。
でも白石からしたら、そうは思わないだろう。
普段の俺の態度からして、本心だと思うに違いない。
…俺から謝ったとしても、もう元には戻れない。
白石が優しいのをいいことに、ずっと甘え続けていた。
白石からもらうばかりで、何も返そうとしなかった。
そのことに気付いてももう遅い。
もう白石の隣に俺の居場所はない。


それが苦しくて、悲しくて、俺は泣きやむ術を知らず、ずっとそうし続けていた。


あれからどれぐらい経っただろうか。
白石から逃げてすぐなのか、それとも結構時間が経っているのかそれすら分からない。
蹲ったまま泣き続ける俺に、誰かの体温が伝わってきた。
優しく頭を撫でてくれる。
いつの間に来たのだろうか。自分のことでいっぱいだったのか、足音にも気付かなかった。
ここにあるはずのない体温が信じられなくて、恐る恐る顔を上げる。


白石だ。


いつものように愛おしむように俺を見て、包み込むように微笑んでくれている。

どうして?

もう失くしたとばかり思っていたものが目の前にあることに信じられず、思わず凝視してしまう。
白石恋しさに幻覚を見てるんじゃないだろうか。
そんな俺に苦笑しながら、優しく俺の目元を拭ってくれる。

「目ぇ真っ赤やな…。少し腫れてるし……」

その手が優しくて、思わず縋りつきそうになるのを必死で堪える。

「…なんで…?なんで、まだそんなに優しくしてくれるん…?俺、白石に酷いこと言ったのに…」
「酷いことなんて言われてへんで。…それにあれは謙也の本心とちゃうやろ?……ごめんな。あれ聞いた時はさすがにショックですぐに追いかけてこられへんかった。独りで泣かせてごめん。すぐ考えたら分かるのにな。…あれは謙也の本心ちゃうって…」

…別れなくてもいいんだろうか。
俺に呆れてたりしないんだろうか。
――俺はまだ、白石の側にいてもいいんだろうか。

「謙也の意地っ張りは今に始まったこととちゃうもんな…。でもな、謙也がちゃんと俺のこと考えてくれてたのは伝わってたで。いつもいつも俺のこと心配してくれてたやろ?」
「……でも、俺いっつも可愛げのないことばっかり……」
「それも含めて俺の大好きな謙也やで。言葉なんてどうでもええねん。謙也が俺のこと想ってくれてるのはちゃんと伝わってるから。…どれだけ自主錬や委員会で遅くなっても、最後まで付き合って残ってくれてるやろ?俺にバレへんようにしながらタオル代えてくれたりドリンク作ってくれてたり…。俺の連載が載ってる新聞、発行日に一番に購買に買いに行ってくれてるのも知ってる。だからな、言葉なんてどうでもええねん」

俺が泣きやむようにと、優しく背中を撫で続けながら話す白石の言葉に、思わず涙が止まってしまう。
バレていないつもりでいたのに、そんなことまで知っていることが恥ずかしくてたまらない。
きっと今の俺の顔は、涙の跡と羞恥からくる顔の赤さで酷いことになっているだろう。
「う、自惚れんなや!あれは……っ…お前の…!」

また可愛げのない口をきいてしまいそうになる。これじゃ今までと何も変わらない。
また白石の優しさに甘えるわけにはいかないんだ。
側にいたいと願うなら、俺から動いていかないと。

「…っ…好きなやつのためやねんから当たり前っちゅー話や!」

覚悟を決めて一息に言うと、背中を撫でる白石の手が止まった。
何故止まったのか分からず、俺も思わず止まってしまう。
調子に乗りすぎたのか、今更遅かったのだろうか…
聞くことすらできず、内心ぐるぐるとしていると、背中を撫でていた手が俺を抱きしめる形に変わる。
気付いた時には、そのままきつく抱きしめられていた。

「…謙也から初めて好きって言ってくれた……っ」

その嬉しそうな言葉に安堵するのと同時に、いかに今までの自分に言葉が足りなかったのかを思い知る。
まだ恥ずかしさは無くならないし、気をつけていても素直に言葉にするに時間がかかるだろう。
でも、白石はきっと待っていてくれる。
少しずつ、素直になっていけばいい。

「俺も謙也のこと大好きやで。絶対離さへん…」

嬉しそうに俺を見つめる白石の顔が近くてドキドキするものの、近づいてくる顔に抵抗することなくそのままそっと目を閉じた。



20100709







おまけ

「…なぁ謙也、これから毎日好きって言うこととちゅーすんの日課にしたらどうやろか。そしたらいつの間にか平気になって、普通に言えるようになると思うねん!」

「調子のんなボケ!こんなん今回だけや!毎日なんてお前がやりたいだけやろがっ。絶対せぇへんからな!」

「…はい、すんませんでした…(ツンツンに戻ってもうた…)」

「……まい、にち…は、あかん…けど、週に、1回ぐらいなら…っ」

「謙也!!とりあえず今週の分!!」

「だから調子のんなって言ってるやろ!!」



9800HITを踏んでくださった悠梨様に捧げます。
リクエストは「謙也を溺愛する白石。そんな白石についツンツンする謙也。それで白石が落ち込んでしまって…」とのことでしたが、申し訳ございません><
謙也の方が落ち込んでるし、泣き虫だし、お待たせするしで…せっかくの素敵なリクエストを生かしきれず……
もう、遠慮なく駄目出ししてくださいませ。書き直しも喜んでさせていただきます。
溺愛白石もツンツン謙也も大好きです!!
素直になれない謙也って可愛いですよね^^
ここだけの話、2話は白石視点にするかどうか迷いました。
きっと、謙也が走り去る音で我に帰り、慌てて後を追いかけたのだと思います。

それでは今回のリクエスト、本当にありがとうございました!
今後ともよろしくお願いいたします。

この作品は悠梨様のみお持ち帰り可能です。

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