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目の前の検査薬をじっと見つめる。
あれから自室に戻り、ベッドに腰掛けたまま、手の中の検査結果を見つめながらずっと悩んでいた。
――妊娠している。
検査薬の結果は100%ではないので、一刻も早く病院に行った方がいいというのは分かっている。
でも、もしそこで妊娠したのが間違いじゃなかったら…?
本当に妊娠していたら?
妊娠したと告げたら、白石は何て言うだろうか?
嫌われたり、迷惑だと思われたらと思うと怖くて仕方がない。
ただ、迷惑だと、疎ましく思ってもそれを顔や態度に出したりはしないだろう。
優しくて、責任感の強い人だからむしろ責任を取ろうとしてくれるに違いない。
でも、まだ大学に入学したばかりで、経済的にも自立していない。
親に頼らなければならないのは目に見えている。
…もし、大学を辞めて働くとしても、そんな形で彼の将来を奪ってしまっていいのだろうか。
昔からの夢にやっと手が届いたところなのに、それを邪魔するようなことはしたくない。
頭の中で色々な言葉や感情がぐるぐると回っていて、どうしていいか分からなくなってくる。
そっとお腹に手を添えて、視線を落とす。
ここに新しい命が宿っているなんて、まだ信じられないし、実感も湧かない。
ただ色々な考えや感情が渦巻く中で、堕ろすという選択肢だけは浮かんでこなかった。
産みたいと言ったら、彼はどう言うだろうか。
万が一堕ろせと言われたら?
感情の整理がつかなくて、支離滅裂になっているのが自分でも分かる。
結局答えは出なくて、そのまま思考の海に沈んでいた。
あれから3日が経ったが、結局答えは出ず、白石にも相談できていない。
会ってもどうしていいか分からなくなるため、なるべく顔を合わさないようにして、白石を避けてきた。
が、今日は白石の家族と俺の家族が揃って、俺の家で食事会をするらしい。
父親同士の仲が良いため、休みが重なった時なんかはたまに揃って食事をする。
いつもは白石と一緒にいれる時間が増えるので楽しみなそれも、今日に限っては憂鬱でしかなかった。
…逃げてばかりでは駄目なことは分かっているが、まだ覚悟がつかない。
机の中にしまっていた検査薬を取り出し、ベッドの上に寝転び、目の前に翳す。
何度見ても、妊娠を示すマークは変わらなくて。
ぼーっと見つめていたが、ドアをノックする音に気付き、慌ててクッションの下に隠すとドアを開けた。
開けると目の前には白石が立っており、あまりに突然だった為、思考回路がついていかない。
え?まだ時間までかなりあるはず…と思って、慌てて部屋にかけてある時計を見ると、始まるまで1時間を切ったところだった。
「時間できたから、ちょっと早く来てん。親父らは時間きっちりになるみたいやけど…
最近、なかなか一緒にいられへんかったやろ?謙也と少しでも一緒にいたくて。……迷惑、やった?」
俺の反応の無さに、戸惑ったように首を傾げる。
その声に慌てて首を振ると、中へと招き入れた。どうやら悩んでいたせいで思った以上に時間が経っていたらしい。
…いい機会だと思って話した方がいいんだろうか。
迷っていると中へと入ってきた白石がいつものようにベッドへ腰掛けた。座った時にベッドに置いた手に違和感があったのか首を傾げ、視線を手元に持っていく。
同じように視線を移すと、焦っていたせいかクッションの下に隠した検査薬の先がはみ出していた。
それが、白石の指に当たったらしい。
「なんやこれ?」
「…蔵…っ、あかん!」
止める間もなく、白石がクッションを退けて、隠してあった検査薬を取り出してしまう。
手に取って見た瞬間、白石の動きが止まってしまう。薬学部にいる白石がその意味を分からないはずがない。
見られたことに対して頭の中が真っ白になる。
自分でも何をしゃべっているか理解しないまま、口が勝手に言葉を紡いでいく。
「ち、違うねん!最近ちょっと遅れてるな…と思って調べてみただけで…!その結果かて絶対じゃないし、間違いの可能性もあるし、もし本当にそうでも蔵には迷惑かけんようにするから…!だから…、だから…っ」
感情が昂り、涙が溢れてきそうになる。泣いてる顔を見られたくなくて俯いていると、白石が無言で立ちあがった気配がした。
何も話してくれないということは、やはり嫌われてしまったのだろうか。
我慢しきれず、床にポタポタと水滴が落ちていった。
堪えようとしても、後から後から溢れてくる。
泣くことで余計に嫌われたらと思うと、顔を上げることすらできなくなった。
白石が近づいてくる。
怒られるのだろうか、怒鳴られるのだろうか。
覚悟をしてぎゅっと目を閉じると、その瞬間ふわりと温もりに包まれた。
……白石が抱きしめてくれている。
その温かさに、ますます涙が止まらなくなっていく。
「…何か悩んでるなとは思っててんけど、これやってんな…。一人で悩ませてごめん…辛かったやろ?
不安にさせてごめんな」
その優しい言葉と温かい温もりに我慢しきれず、白石に縋りつき、声を上げて泣き続けた。
しばらく泣き続け、やっと落ち着いた頃、白石がいたわるようにゆっくりとベッドに座らせてくれた。
自分は隣に座らず、俺の前に跪く。白石を見降ろす形になり、戸惑っていると、両手をぎゅっと握られまっすぐ見つめられる。
「…謙也、結婚しよう。子供の件がなくても俺はいつか謙也と結婚したいと思ってたし、それが少し早まるだけや。妊娠の件が間違いやったとしても、俺と結婚してくれへんか?」
まっすぐに見つめてくる白石の視線とその言葉に思わず頷きかけるが、はっと思いとどまる。
優しい白石のことだから、妊娠させた責任をとらないとと思ってのことだろう。
白石を縛るようなことはしたくない。そのまま首を横に振った。
「…蔵は優しいから…責任とらなと思ってるだけや。後で後悔させたくないねん。だから…」
そう告げる俺に、ゆっくりと首を振る。
「勿論、責任とらなあかんと思ってるよ。……謙也のことは何だって俺が責任取りたい。例えどんな小さなことだって、俺が責任取る。親やからって、任せたくないねん。迷惑かけへんようにするとか、後悔するなんて言わんといて。俺が、そうしたいんやから」
最初の言葉にやっぱり…と納得しかけたが、続く言葉を聞いて、また泣きだしてしまう。涙が溢れてとまらない。
そんな俺に微笑みながら、手を離し、優しく目元の涙を拭ってくれるが、泣きやむことなんてできるはずがない。
「…謙也とずっと一緒に歩いていきたいねん。もう謙也と一緒に歩く未来しか考えられへん。なぁ、謙也。俺と謙也とこの子の3人で家族になろう。…愛してるよ」
跪いていた白石が身体を起こし、俺の頬に手を添える。その手に、自分の手を重ねながら何度も頷いた。
もっと早く相談すれば良かった。もうこの手を離すなんてことできはしない。
「…俺も愛してる。ずっと蔵と一緒に歩いていきたい」
白石と目線を合わせた後、深く唇を重ねる。
この手を離さずに、ずっと一緒に歩いていく。
俺の未来は、白石の隣にしかないのだから
20100612
蔵弥様に捧げます。
お待たせしてしまった上に、長くなってしまい、申し訳ありません。
すごく楽しく書かせていただきましたが、ご満足いただける内容になっているかが心配…
もし、イメージと違う等ありましたら、言っていただけましたら書き直します!
素敵なリクエストを本当にありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
こちらの作品は、蔵弥様のみお持ち帰り可能です。
以下、オマケsssです。大したことがないので、ご注意ください。
オマケsss