2
高校は二人とも、そのまま地元の同じ高校に通うことになっていた。
医者を目指す謙也と、薬剤師を目指す俺。
進学校であり、テニスも強いところとなると進学先は限られている。
2人とも成績は良かったし、一緒の所に入ろうと受験勉強も頑張ってきた。
2人揃って、合格通知を手にした時は嬉しくてたまらなかった。
このまま高校でも2人一緒にいられると信じて疑わなかったのだ。
高校に入った後の話や、部活の話も何度もした。
今度こそ2人で全国で優勝しようと誓い合った。
ある日のHR後、謙也がどこかにいったまま帰ってこなかった。
毎日一緒に帰っている為、俺を置いて帰ったりはしないだろう。
鞄も置いてあるし、卒業が近いので教師にでも捕まっているのかもしれない。
最近、謙也の様子がおかしい。
俺が話しかけてもどこか上の空だし、たまに泣きそうになっている時がある。
何があったか聞いても、なんでもないと言って首を振るばかりだ。
何かに悩んでいることは分かるが、原因は分からない。
言いたくなれば話してくれるだろうと様子を見ているが、一向に話してくれる気配もない。
さすがに近いうちに謙也と話そうと決意していると、クラスの子が担任が呼んでいると教えてくれた。
卒業式で、卒業生代表として答辞を読むことになっている。その話だろう。
謙也はまだ帰ってきそうにないし、多少席を外しても平気だろう。
鞄を置いたまま、職員室へと向かった。
職員室へ向かうとやはり答辞のことで、落ち着いて話ができるようにと進路指導室へ向かった。
空いているボックスの一つに入り、打ち合わせをしていく。
と、隣のボックスに誰かが入ってきたのか会話が聞こえてきた。
「氷帝に合格してたで。あの短い期間で良く頑張ったな、忍足」
……どういうことや。忍足?
俺の聞き間違いや、そうに決まってる。
もう担任の声なんか入ってこない。聞き間違いであることを祈りながら、必死で隣の会話に耳を傾けた。
「でも残念やなぁ。家の都合とはいえ、この時期に引越しやなんて。最初の府立もええとこやけど、仕方ないわな」
「はい、氷帝には従兄弟も通ってますし…」
謙也の声だ。聞き間違えるはずがない。
引越し?氷帝に進学?なんでや、俺と一緒の高校行くんちゃうんか。
目の前が真っ暗になりそうだった。
気付けば、夕暮れの教室で一人ポツンと座っていた。
いつ話が終わったのか、どうやって教室に戻ってきたのか覚えていない。
頭の中は先ほどの謙也と進路指導の教師の話がぐるぐると回っていた。
ガラガラッとドアが開く音がした。のろのろと顔を上げると、謙也が入ってきたところだった。
「蔵、ごめんな。待たせてしもて。帰ろか」
いつまでたっても返事もせず、立ち上がろうとしない俺に、謙也が訝しげに首を傾げる。
「…………なぁ、氷帝って何?謙也は俺と府立行くんやろ?」
謙也の顔色が変わったのが分かった。
「…どこで、それ…」
「………さっき…進路指導室で。なぁ、嘘やんな。引越しなんてせぇへんよな」
謙也は項垂れたまま、顔を上げようとしない。
思わずその胸倉を掴んで、詰め寄ってしまった。
「嘘やって言えや!!俺と府立行くって!引越しなんかせぇへんって!さっきの会話は嘘やって…なぁ、言ってくれや…」
謙也の胸倉を掴んだまま、項垂れてしまう。謙也は抵抗もせずにされるがままだった。
「なぁ、何で言ってくれへんねん…」
ついには懇願し、涙声になるも謙也が俺の望む言葉を返してくれることはなかった。それどころか…
「…ほんまや。親が東京の病院に勤めることになって、俺もついていくことになった。だから、急きょ氷帝受け直して…」
「一人暮らしすればええやないか!お前一人大阪残ったら…!!」
「言ったけどあかんかった!大学生ならまだしも、高校生でそれはあかんって」
「一緒に全国行くんちゃうんか!」
俺の言葉に謙也は言葉を返すことなく項垂れる。そんな謙也を突き飛ばし、鞄を持つと、謙也を置いて学校を飛び出した。
分かってる。俺らはまだ子供で、親の言葉は絶対で。謙也にもどうしようもなかったんだってことは。
謙也が何で悩んでいるか、分かった。
このことをどうやって俺に切り出そうかと悩んでいたんだ。
でも俺には、裏切られたとしか思えなかった。
まだ気持ちの整理がつかない。色々なものが俺の中でぐるぐるしている。
そのまま家に帰り、部屋に閉じこもる。
謙也から電話があったが、出れなかった。
出ると、酷い言葉をぶつけてしまいそうで、無理を言ってしまいそうで…
次の日からも謙也を避け続けていた。自分自身、どうしていいか分からなかった。
それから何度か携帯に連絡があったが、電話に出る勇気がなかった。
卒業式の前日になり、ようやく気持ちの整理がつく。
明日は謙也に全てを伝えよう。
卒業式の日、謙也と話をしようと待っていたが、来る気配が一向にない。
卒業式が始まる時間になっても、謙也が来ない。
携帯に連絡しても繋がらない。
クラスの誰に聞いても知らないという。
焦っていると、担任から皆にお知らせがあった。
曰く、引越しの日程が早まり、謙也は卒業式には参加できなくなったこと。
湿っぽくなるのは性に合わないので、皆には告げずに出発したという。
嘘だ!俺はまだ謙也に何も伝えてない。
一方的に詰め寄ってしまい、謙也の話をちゃんと聞かなかったことも謝ってない。
俺の気持も、まだ何も…
俺が逃げていたせいで、話もできなかった。
すれ違ったまま、このまま終わってしまうのか。
自分が情けなくて、悲しくて悔しくて…
謙也がもういないことが信じられなくて、俺は泣いた。
世界が2人だけじゃないことも、これから先もずっとこうしていられないことも…
自分がどれだけ子供だったかもこの時に思い知った。
――この恋は俺の一生分の恋だったと今でも言える。