giogio | ナノ




カフェラテの泡がしぼんでいくのを眺めながら、考えていた。例えばこんな昼下がりのカフェテラスで、まさに午後14時の今ここで、真剣な目をしていながら奇妙に情けなく見える顔をしている彼に向かって、愛してないわと言って傷つけてしまうのはとても簡単だった。

雑踏に溶けてしまいそうなほど小さな声で、彼はそっと、俺を愛してないならもうはっきりそう言ってくれ、と言った。急な呼び出しに駆けつけた私の分までカフェラテを頼むくらい余裕があるようだったのに、それを口に出した瞬間から彼はこのネアポリスで一番みじめな男になってしまったみたいな顔をしていた。
彼のことを愛していないにしても、それでも彼が私を愛してくれていると思うと嫌われたくないだとか、そういうことを考えている小狡い女らしさを彼らには明け透けにアピールしているつもりだった。
彼らが私をそういう女だと知りながら、それでも愛さずには、触れずにはいられない女を気取ってきた。
私がこの彼に、愛していないと言ってしまうのは簡単だった。事実でもあった。

不意に私たちのテーブルに影がかかった。次いで、バン、と乾いた音。テーブルの上に、第三者の男の手が乱暴に叩きつけられたことに気付いたのは私が先だった。


「ミスタ」


同僚の男だと分かって私の声音はおそらく和らいだ。正面に座っている男の目は険しくなった。

「休憩は14時きっかりまでのはずだぜ、ナマエ」

ミスタに向かってごめんなさい、と口にする前に、カフェラテの泡のようにしぼんでいた肩を怒らせて、男が去って行った。
ぬるくなったカフェラテを一口だけ飲んで、一杯分の硬貨を席に置いてから立ち上がった。
ミスタはじろじろと遠慮ない目線で私をためつすがめつ見てから、いいのかよ、とだけ言った。

「邪魔したのはあなたじゃあないの」


私たちは並んで歩き出した。ミスタは現れたときからずっと面白くなさそうに口角を下げている。たばこ喫ってもいいかしら、と訊くと、彼は拗ねたような口調のまま、いやだね、と拒否した。

「ジョルノは?」
「とっくに仕事してる」
「そう。じゃあしっかり埋め合わせするから、あなたも許してくれる?」

取り出しかけたたばこをしまってから、私はわざとらしく彼に笑いかけた。ミスタは憮然としたまま頭の後ろで組んでいた腕をほどいてパンツのポケットに手を突っ込むと、改まってこちらに身体を向き直らせた。

「お前の男絡みの揉め事はもう御免だぜ、俺ァ」

そうね、と同意してもう一度、努めてわざとらしく笑った。
今までは上手くやれていた。私は自分のことを人の心に入り込むのが得意な女だと思っていた。たとえば、これまではそうだったかもしれない。けれど今の私ときたらひどい。私を愛しているはずの男の心でさえ掴みあぐねて、掌握できずにこぼしてしまった。



───何度も何度も、炎にまかれる夢を見る。あの日、私たちの家に火を点けたのは誰。父さんを撃ったのは、母さんを娼婦と罵ったのは。探しているのだ、ひとりひとり、私の帰る家を壊した誰かを。
復讐なのだ。どんなにくだらなくても、これが私の復讐だ。



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