小話 | ナノ




「脱ぐんじゃあなかったのか」
「…脱ぐけど」


部屋へ到達するまでの短い間で既にチャドルの厳重な結び目をいくつかほどいていたなまえが、ずるりとその裾を引きずってベッドに寄っていく。


「何か着いたと思って安心したら、一気にめんどくさく」


どさりと余計にまとった布の分だけ重たい音を立てて彼女が顔からベッドに突っ伏す。なった、と言葉の続きがくぐもってはいるものの、聞こえてくる。すっぽりと黒い布に覆われた彼女の身体は微動だにせず、その姿は正体不明の何かこけしのようなものにしか見えない。


「おい、なまえ」


呼んだものの返事はない。承太郎は嘘のようにしんと黙りこくってしまった彼女の、おそらくは肩と思しき部位に手をやって仰向かせようとしたが、彼が引いたのは布だけで、さらにその下から黒い布地が覗いた。


「剥いてもむいてもチャドルです」
「それでか」


道理でずっともたもたやっているわけだ。着方が分からないとごねたまつりに丁寧にチャドルを着せてやっていたあの女店主がよほど複雑に着付けたのだろうか。


「シャワー浴びたい」


ホテルに向かう道中に聞いたのと同じ、途方に暮れたような声が、彼女が突っ伏しているベッドシーツを押しのけてくぐもる。


「浴びりゃあいいだろーが」


足元の布地を一気に数枚めくって、そこに彼女の脚があることを確認した承太郎は、見つけた結び目をひとつほどいた。なまえはされるがままだ。元が一枚布のチャドルは、着るのに具合がいいようにあちこちを結んだりピンで留めたりしているせいか、また、それをやったのが手慣れた人間だったためか、布だと言うのに難解な知恵の輪もどきと化している。これを脱いでそのあとまた着なければいけない。その事実が今はまるきり複雑怪奇な布の塊のような彼女をうんざりさせているのだろう。


「あんまりされるままだと、脱がしちまうぜ」
「やらしいことしてる場合か」
「…空き時間ぐれェ好きに過ごさせろ」


なまえが嫌がるように身体を仰向けにした。それと一緒に、承太郎がいじっていた部分の布地が彼女の身体の下に巻き込まれる。彼女はそのまま腹の辺りで手をもぞもぞやって、外れない、とぼやいた。
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