小話 | ナノ



洗面台の鏡の前で、彼女はしきりに自分の身体を気にしている。脇腹の肉というよりは皮と言った方が正しいようなかたまりをつねったりこねくり回したりして、時々、何かの仇のように睨みつけている。


「いつまでやってんだ。何か意味あんのかよ」


あくびと共に背後に現れた巨体を鏡越しに睨み、彼女は見て分かるほど憮然とした。窓からまっすぐに入ってくる朝日に照らされた白い裸体には筋肉こそあれ、余分な肉などついているようには、少なくとも彼には、思われなかった。


「余分な肉が全部燃えるまでやるわよ」


横で顔を洗っている男の肩にぶつけるようにとげとげしい口調で言うと、昨日の延長で床に転がったままの承太郎の学ランを拾い上げて羽織り、彼女は浴室を出ていく。鏡に映ったその後ろ姿を見送って彼はひとつやれやれとため息をついた。彼女は皺ひとつない方のベッドに腰を下ろすと学ランを肩から落として、自分の服に袖を通し始める。承太郎は浴室の戸口にもたれて、明るい部屋の中でもはやまばゆいほど白い肌の彼女を見つめた。なまえは、指先ひとつに至るまでの所作のひとつひとつがひらひらと頼りなく、しかしそれが不思議に華麗な女だった。
彼女の背後から腕を伸ばして自分の方へ引き寄せ、彼も同じベッドに身を乗り上げた。スプリングが苦しげに呻くのと彼女が嫌そうに、ちょっと、と抗議する声が重なる。


「肉がついてなきゃあ旨味がねーぜ」


白い首に唇を這わせて言う彼に向かって聞こえよがしに彼女はため息をついた。


「質の悪い脂は身体に毒だよ」


なまえは恋人のたくましい腕の中で身体をよじって彼と向き合うと、小さくかわいらしい音を立ててその厚めの唇にキスを送り、それからこんな美しい朝には不似合いな蠱惑的な顔をして笑う。


「食べて痛い目見るのは、あなただからね」
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