小話 | ナノ



「ねえこれどう思う、花京院」


四苦八苦してようやくチャドルを元の一枚布にまで戻したなまえが、まだ全身を黒い布地に覆われている姿で両腕をぬっと持ち上げた。たわんだ布を目深に被った彼女の顔は口元しか見えないが、その口元がうっすらと笑っていて不気味だ。


「黒魔術を扱う類の人に見えるよ」
「やっぱり?」


なまえはおかしそうにけらけらと笑い声を立てながら、裾をずるりと引きずって花京院の方へ一歩、前に出る。はたはたと余った布地を振る彼女に、転ぶよ、と彼が声をかけるには遅かった。
彼女は足元の布地にけつまずいてよろめいた。


「ほら、言わんこっちゃあない」
「花京院くんってば紳士!惚れる!」
「まったく、君ってやつは…」


彼の腕の中で色気もへったくれもなく身をよじって、彼女はまた高い声でけらけらと笑っている。その拍子に黒い布がなまえのわずかに見えていた指先から口元までをすっぽりと覆ってしまい、ついに彼女はうごめく布地のかたまりになってしまった。承太郎ではないが、花京院もやれやれとため息をつきたい心境である。
花京院がこの旅の間に彼女を女であるなどと思わなくなったように、彼女も花京院を殊更に男だと思う必要がないと思っていて、それが彼にはよく分かっていた。

友人として互いを信頼している。聞こえのいい言葉に彼女は身を隠す。彼が彼女に対して友情以外のものを感じているのを知っているのか、それともただまったく彼女が天然なのでこうまで無防備なのか花京院は判じかねている。無防備。なまえは花京院に対してまさにそれだった。今の自分と同じ状況にいるのがアヴドゥルや承太郎だったら彼女の反応も変わるのだろうか。


「花京院?」


彼の腕の中でチャドルと戦ってもがいていたなまえが、顔にかかった布を持ち上げて、上目に彼の顔を窺っている。仰向けに彼に抱きとめられた格好の彼女の、くっきりとその布越しに浮かび上がる身体のラインに目がいってしまい、花京院はにわかに顔中に熱が上るのを感じた。


「気を付けなよ」


彼はその一言を口に出すのがやっとだった。ぽかんとしているなまえから目をそらし、花京院はパッとあっけなく腕の中の彼女を解放した。ギャッと色気のない叫び声を上げて床に転がったなまえが一転して、いたあい、とかわいこぶった甘い声を出す。


「レディの扱い方がなってないんじゃあないの、花京院」
「レディとして扱うべき女性がいないんじゃあしょうがないだろ」
「むかつく」


剣呑な調子で笑って、なまえは起き上がった。するりと、衣擦れの音と一緒に彼女の豊かな黒髪が同じ色の布地の下から現れる。


「顔真っ赤にしてたくせに素直になれないのね、花京院くんは」


やっぱり色々なことが故意なのだ、彼女は。
なまえの額にデコピンをお見舞いしながら、花京院は心中にため息を禁じえなかった。
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