小話 | ナノ



きっとこんなことを思うくらいなんだから私は彼のことを嫌いだったんだろう。


私はずっと空条承太郎が苦手だった。ごく普通に高校に通っていた頃からそうだったし、この旅が始まってすぐくらいの頃もやっぱり苦手だった。そびえる壁のような彼をだいたいにおいて逆光で見上げていたし、そもそも私には彼の顔をまじまじと見つめるような機会もつもりもこれまで少しもなかったのだ。

今こうして初めて間近に彼の顔を見た私は、ジョジョの取り巻きグループに属していた友達のとろけそうに甘い声を瞬間、思い出していた。

─―何がってもう、あの目。あの目でまっすぐ見られたらって思うともうだめ

真正面から見つめられたことがあるわけ?と、彼女のプライドを徒に傷つけるような発言は一応避けはしたものの、噂の彼には興味がなかったので、そのときの私は話半分に三つ先の席でつまらなそうにしているクラスメイトの美少女を見ていた。

そういえばハーフだったっけ、と私はじっと彼の目を見つめて、引き込まれるように顔を近付ける。空条は動じない。「緑色だ」という私のつぶやきが彼の耳に届いたのだろう。私の単純な好奇心に対して彼は奇妙に鷹揚だった。本人が抵抗しないのをいいことに彼の帽子のつばを、帽子が頭から外れない程度にほんの少し持ち上げて、私はその緑色の目をしげしげと覗き込んだ。鼻先が触れ合うほど近くまできても、私はなんだか物足りないくらいの気持ちで彼を見ていた。帽子を押さえていた手は、その目に見入るほど力をなくして徐々に空条の鎖骨の下辺りまで下がっていった。もう片方の手を彼の肩に置いて、彼の身体の上へ倒れ掛かりそうな身体を押し留めている。もうほとんど密着した身体の間のつっかえ棒になっているくらいで、大した意味のないことだと自分でも分かっていた。
空条が、ゆっくりと一度まばたきをした。私はまるでその一動作に対する条件反射みたいに彼にキスをした。
合わさったものが離れた瞬間の、たった今自分が何をしたんだか分からなくてつい口から出た、あ、という頼りない声のような吐息のようなものが変に色艶を持って私と彼との輪郭の間をこぼれ落ちた。滑り落ちていくほんの一握りの静けさの中で、彼はその凛々しい眉をしかめる。
空条は特にどうするでもなくベッドの上に投げ出していた両腕で私を引っ張った。ベッドヘッドに身体を預けて座っていた彼に覆い被さるようにその顔を覗き込んでいた私は、あっさりと引き倒されて彼を見上げていた。
そうなって初めて私は、身体が全部心臓になってしまったみたいな動悸に気付いた。どうしよう、と思った。それが顔に出たとも思う。私は彼を好きになってしまった。そのことにようやく思い当たって、私はますますどうしよう、と思った。


「そんな顔をするもんじゃあないぜ」
「……どんな顔してる?」


ひび割れるような苦笑を浮かべた空条に対して、私の声はなんだか不安げに頼りなくふるえている。
空条はそのまま無言で私の問いかけをはぐらかした。私は回答をもらわない内に、彼の手に身体を開かれていく実感で息継ぎが苦しいほどの戸惑いとときめきに襲われてしまった。
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