![]() 「浮気じゃね?それ」 「え」 「だから、浮気」 飲み友のさばけた口調が嫌な感じに胸に刺さった。そんなつもりじゃないし、と反論する声も出ないまま私は梅酒のストレートを口に含んだ。つい昨日、私の名前をなぞって呼んだ恋人の声が聞こえるような気がした。だから浮気じゃないってば。 「この私が浮気なんかするわけないじゃないですかー」 「そう?前回の残念会のときかなり愚痴ってたから、てっきり」 「あー、あれね…場の雰囲気ってあるじゃん」 「あー、まあね…」 「正直そこまで悲観してるわけじゃないし」 別れたいわけじゃないの。 居酒屋の注文用パネルに指を伸ばした私を、彼女は一瞬探るように見て、すぐにそうだろうね、と応えた。マニッシュなショートヘアがよく似合う彼女は、いつもの4人で集まるときには煙草を吸わない。嫌煙家がいるからだ。けれどジンを呑むかたわらに煙草を取り出した彼女はまるで女優だ。ここが居酒屋のチェーン店だと忘れてしまいそうなくらいに絵になる美人。 「ね、ななし」 「うん?」 「…いや、何でもないや。ところでその持田さんってイケメンなんだっけ?」 「えー…上の中」 「イケメンじゃん。見せろよ」 「超俺様のドSですが」 「中身はいい」 「ですよね」 彼女と話すのは楽だった。付き合いは長い方だし、共通点は少なくても妙に馬が合った。 持田さんは日本代表の持田選手なんだよ、実は。なんて、彼女にそんなことを暴露したところで持田さんの体裁が悪くなるだけで、彼女の目が私をステータス好きと見なして白けるくらいで、言おうとも思わないことだった。…だから彼女が「そのイケメン仕事何してんの」と聞いたときは少し困った。結局、そういえば知らない、と白々しくとぼけた私に彼女は呆れた。 「いくら相手がイケメンだからって身元不詳者と仲良くなりすぎ」 運ばれてきた冷酒を受け取って、卓上に置く。お猪口ないじゃん、と私がこぼすのを聞いて彼女は軽く紫煙を吐き出して笑って、その辺を通りがかった店員を呼びとめてくれた。そつない動き。こいつが男だったら、文無しでもモテるんだろうなあ。 「ていうか、仲良しとかじゃないって」 こちらに向き直った彼女の目を見返して私は言った。彼女の手元の煙草はだいぶ短くなっている。 「へえ、俺とお前って仲良しじゃなかったんだ?」 頭上に降って湧いた意地悪な声音に聞き覚えがあって目を上げると、持田さんが、私と友人とを均等に見下ろして立っていた。 持田さん、とこぼすように呼んだ私の声に彼は視線で応えて、眉間に皺を寄せた。 ×
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