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駅でスポーツ新聞を買ったのなんか人生で初めてだった。なんだか知ったような顔と名前が紙面に浮いていたものだからうっかり。
足の故障が、とか。今回のシーズンは見送りか、とか。スポーツ新聞って煽り文に悪意を感じるから好きじゃない。つまらなそうな顔をして紙面に写る持田さんは、うちで見るときと同じ顔をしていた。いつでもこんな顔してんのかな。なんか、もっと………もっと何。いろんなかおがみてみたい、とか?…なにそれ寒い。
とにかくこの間うちに来た彼が珍しく弱っているように見えたのはこのせいだったのだろう。




「何、お前。リーガなんか見んの?」

入れっぱなしだったブルーレイを再生して出てきた映像を見て、持田さんが言う。私は洗い物をしていた手を止めてテレビの方を振り返った。アナウンサーが熱の入った声で選手の名前を叫んでいる。

「ああ、それですか。姉に録画を頼んだディスクに父が勝手に入れただけですよ、たぶん」
「じゃあ見ねーの?この試合」
「好きなチームではあるんですけどね」
「どっちが」
「…レアルが」
「バルサは」
「レアルですね」

言い方からしてたぶん持田さんはバルサの方が好きなんだろうなあ、と思いはしたが嘘はつかない。持田さんは興味なさそうに、ふーん、と生返事をしただけであっさりとテレビを消した。


「…脚の具合、どうですか」


彼が手のひらでゆっくりと自分の膝をさするのを見て、それはうっかり口をついて出た。途端、持田さんはものすごく怖い顔で私を睨んだ。…私は彼がサッカーをしているのをそんなにたくさん見たことがあるわけではないし、彼がどんな姿勢で自分の仕事に臨んでいるのか知らない。そんなことは知らなくても、今のは言うべきじゃなかったとすぐに分かった。

「気になるわけ?」

眉間に皺を寄せて、相変わらず怖い顔をして持田さんは笑った。ごめんなさいとも言えず私は彼の顔を見つめ返す。持田さんは億劫そうに立ち上がって、キッチン台のシンクの前に突っ立っている私の前に立った。

「俺に興味、ないんじゃなかったっけ?」
「そんなこと言いました?」
「言ってなくても」

持田さんはシンクのふちに手をかけた。彼の、いつものつまらなそうで不敵な表情がどこにもない。何でそんなに。

「興味もねーのに、なに心配ですみたいな顔してんだよ」
「持田さ、ん」
「お前って本当、殺したいくらいムカつくよ」

無神経なこと言いましたごめんなさい。…何でそんな顔するんですか。謝ります。でも私があなたに興味がないことくらいあなたは「俺だってねーよ」なんて、鼻で笑うでしょう、どうせ。

―どうせ、って言ってる時点でおれの気持ちとか無視してるって気付いてる?


こんなときに頭の隅では彼氏の声がしている。どうせどうせと、私のいじけた根性をなじる声。
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